七章九話

その青銅の鍵は、傷も錆も全くない新品だった。細い円柱状の棒部分の片側を丸めて持ち手にして、反対側は鍵穴に入れるように長方形の薄い板が溶接されている。長方形の板は、幾何学模様を組み合わせて作られていて、美しさを感じさせる。侑里と萌子は『青銅の鍵』に目を奪われているが、萌子は何か呟きながら、数歩後ずさった。

「雪河さん。それを人からもらったって、いったい誰からもらったんですか?」

桃が質問する。切羽詰まった様子で、顔色が青い。

「名前。名前か……。きちんと聞いたんだけど、何故か印象が薄いんだ。モデル顔負けのイケメンで、街中にいれば間違いなく目を引きそうなのに……。外国人――目や鼻がハッキリしていて、輝くようだった――で、背が高くて、20代くらいで」

覚えていることをひとつずつ列挙していく。肝心の名前が出てこないようで、もどかしい様子で桃が響をじっと見つめる。少し引いたところのある普段の桃からは考えられない様子だ。その後も、「服装が思い出せない」や「彼がバンドマンだとすればきっとベーシスト」などと言いながら、数分。手を叩いて、満面の笑みを浮かべながら響は言った。

「そうだ思い出した。コールウィーカーさんだ。ニコラス=コールウィーカーと名乗っていた」

桃が念を押す。

「ニコラス=コールウィーカーですね?」

「うん、間違いない。でも、彼の名前がそんなに大事なことなのかい?」

桃が大きく頷いた。

「ええ、大事なことです」


少し場所を変えましょうと桃が提案して、四人は学校へ向かっていた。響が「まさかフィクションで読んだ『青銅の鍵』とそっくりの物が手に入るだなんて思いもよらなかったよ」と、嘆息混じりに言ったからである。

「そんな物を使って大丈夫なのか」と侑里が言っても、「藁にもすがりたい気持ちだったのだから、奇跡の力では足りないくらいだ」と響は嘯き、「ニコラスという男は非常に危険な男です。今すぐその鍵を捨てた方が良いと思います」と桃が諭しても、「そんなことをしてしまったら、僕が消滅するかもしれない」と、聞く耳を持たない。兎に角きちんと話し合う必要がある、と考えながら、四人は世間話をすることもなく、真っ直ぐ学校を目指した。

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