七章十話

ニコラス=コールウィーカー。萌子は、コールウィーカーという名前に心当たりがあった。世界史の授業でのことだ。

「……このように、コールウィーカー氏の手稿によって『青銅の門』が、今ほどの規模ではないにしろ、歴史上様々な場所において出現したであろうという仮説が立つのですが、これは現在主流の考えではなく、反証も多く存在します。しかし、この予言としか思えない彼の手稿に対して、信仰とも言えるような気持ちを持つ一派が……」

何百年も前の人物だ。ファーストネームは残っておらず、歴史の波の中で10年だけ出現し、そして消えた「コールウィーカー」という署名サイン。誰とも交流することなくひたすら旅をしながら文章を遺し、様々な人物に渡しては去ってゆく。墓もなく、生没年も不明。ただし、「コールウィーカー」が恐らくは一人なのだろうという証拠が残っている。


――あんな少年が少し成長したほどの男に、どうしてこれほどの魅力を感じるのか分からない。卓越した学があるわけでも、技を持つわけでもない。まだまだ経験の浅い、未熟者であり、根無し草に過ぎない。だが何故だろう、彼が去って以来、私の心には大きな穴が開いてしまっているのだ。


コールウィーカーの手稿のあるところには、一言一句これと同じ文言の日記が残っているのだ。歴史的な人物ではないものの、おとぎ話じみた彼の特性のせいで時折名前が入試で扱われるのだ、と世界史の担当教員は語っていた。

学校の最寄り駅に着く前に、侑里と萌子の携帯電話にメールが届く。桃からのものだ。わざわざメールで送ったところを見ると、響に聞かせたい内容ではないらしい。

『ニコラス=コールウィーカーは数千年の時を既に生きている不老不死の存在です。名前を変えながら、多くの悪事を働き行方をくらます、筋金入りの悪党です。その彼が本名を名乗って雪河さんに近づいたところを見ると、明らかにただごとではないと思います』

駅に着くと、遠くに季節外れの雨雲が見えた。駅の構内放送で、その方角で大雨が発生しており、こちらに近づいていると分かった。



八章へ続く。

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