七章七話
萌子と桃がその後も堂々巡りの議論を交わしているのを聞きながら、侑里は静かに考えていた。
多分、いや間違いなく、雪河響であれば今の状況を変えることができる。彼ならば『存在の糸』に触れ、自由に操ることができるだろう。件の本についても何か知っているはずだ。忘れてしまう魔法にかかっていない可能性も高い。
しかし、侑里は中々、雪河響のことを切り出せずにいた。相変わらず、彼の体は透明度を増しつつある。先日、萌子や桃には響のことを話して、紹介したにも関わらず、だ。彼自身の『存在の糸』が喪われつつあるということだろう。萌子や桃が響のことを思い出せないことも、そのせいかもしれない。今彼のことを思い出させ、会いに行ったとしても、きっと彼は「相談するのが遅かった」などと言って拗ねる。しかし、彼は拗ねると透明度を増してしまう。先日「研究所の職員に見つけられなかった」と拗ねた際には、侑里が『第三の手』や『存在の糸』を使っても、機嫌が直るまで見つけられなかった。そして、そういう風に拗ねることが自分の消滅に繋がると分かっていても拗ねるのが雪河響という人間だ。「損ばかりの性格だ」と窘めても、聞き流していた。あの態度がいけ好かない。
そして、もう一つ。もっと切実なことだ。桃は『本に魔術がかかっている』と言ったが、侑里や桃が忘れない理由は『侑里や桃が口に出すことに魔術がかかっている』可能性があるのではないかという疑念だ。たとえば、親しい人間の中では一番本や物語を知っているはずの菊川が「知らない」と言った場合、侑里はきっとそれを信じてしまう。萌子は「侑里が知っていると断言するから信じられる」と言っていた。だから、もしも侑里が自分のことを信じられなくなった場合、桃が孤立してしまう。桃は一度決めたことは何がなんでも貫き通す意固地なところがある。その部分でまた萌子と衝突するだろう。そうなれば本探しは終わってしまう。響に相談した場合にも、菊川に相談して上手くいかなかった場合と同様の事態になるかもしれない。そう考えると、言い出すことはできなかった。
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