七章三話

桃は都内の有名な古本街におり、侑里と萌子は大学の近くの古本通りにいる。そして、丁度古本街の最寄り駅と、大学の最寄り駅の中間地点の位置に、高校生に人気のレストランがある。昼食には少し早い時間に到着するだろうが、かえって丁度良いということでそこを集合場所に決めた。

移動中、侑里がホームの階段でふと振り向くと、萌子の表情が少し暗かった。

「萌子、どうかしたの?」

萌子は少し考えてから、口を開いた。

「ユリと秋原さんは忘れてなかったし、探してても忘れないのが気になって」

二人とも歩みを止めずに、会話を続ける。

「どういうこと?私も桃ちゃんも『青銅の鍵』を本で知ってるだなんて、話を聞くまで忘れてたよ?」

「うん。それは分かってる。でも、それなら古本屋さんの対応ってことから考えると、『話を聞いて思い出す』っていう第一段階じゃない?古本屋さんに来るまでそうならなかったことから考えて、他の人たちがみんな『本のことを全部忘れてしまう』という最終段階だと考えると、第一段階に戻った上に『どれだけ探しても見つけられない』の第二段階を保っているのが変だなって思って」

件の本が起こす怪奇現象は、大まかに三段階に分けられると言って、萌子は指を三本伸ばす。

第一段階、『本の話を聞くと思い出す』。この時点で本のタイトルも著者の名前も思い出すことはできなくなる。大学の司書さんや普通の書店では、この段階から本のある場所に案内されたものの、見つけることができず、そこで終わった。最終段階の影響のせいで、PCなどでの検索は機能しなかったため、ここまででは怪奇現象らしさはなかった。

第二段階、『本をどれだけ探しても、見つけることはできない』。これが最終段階の前段階であるということに気がついたのは、古本屋を巡っていた時だ。最初は店主のことを疑ったが、この段階になった店主はもれなく最終段階に至ったことから考えると、これも本が引き起こすことなのだろう。図書館で番号から推測のつく位置に『第三の手』を伸ばしても触れることすらできなかったことも、本の引き起こした怪奇現象だとすると辻褄が合う。

そして第三段階、『本のことを忘れてしまう』。この段階になると、存在しているということさえ分からなくなる。萌子もこの段階に既に陥っており、侑里や桃が嘘をついていないという確信があるに過ぎない。この段階の厄介な点は、PCの管理ソフトや、通販サイト、電子書籍の管理サイトにまで影響を及ぼすらしいという点だ。三人は最初、大学の図書館が運営している蔵書管理サイト――これは、蔵書の半数以上の本文内の文字列をキーワード検索できる、剽窃防止の機能も備えている――を頼ることにしたのだが、この時に『青銅の鍵』の文字列は一件もヒットしなかったのだ。

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