六章七話

侑里たち三人は、実際のところ無数の和室から一歩も動いていなかった。桃が疲弊しきっている点も、何も変わっていない。しかし、一つ変わったところがある。

「萌子。私をどかそうとしても無駄よ。諦めて待ちなさい」

侑里の上に木の枝と葉で形作られた巨大な人型の何かがのしかかっているのだ。桜の枝葉のように見える。それは音もなく萌子の背中におぶさるように出現して、崩れ落ちるように仰向けに倒れた侑里の上に、ずっと座り続けている。倒れた侑里に驚いた萌子が叫びを上げ、桃が黒い犬をけしかけようとすると、それは声を出した。

「動くな。私は『森の意志』である」

侑里の声だった。桃の顔が青くなり、萌子はじっと『森の意志』を睨みつけた。

「そう睨みつけないで。この体くらいじゃないと外に出れないのに、この体だと声を出す方法が非科学的なの。ターナ値がすごいことになっちゃうわ。だから侑里をちょっと借りてる。大丈夫、ただの人質だから」

萌子が蹴りを放とうとすると、再度『森の意志』は警告した。

「動かないで。集中したいの。私と長い時間関わり続けてたらそれだけで侑里この子はダメになってしまう。あなたと、この子と、世界のために必要なことなの。だからお願い萌子。じっとしてて」

それでしぶしぶ萌子は引き下がったのだが、「動かないで」や「じっとしてて」の中には「身動きを取らないで」は含まれていないと判断した。だから、『森の意志』が出現してから今に至るまで、色々角度を変えて、侑里から引き剥がそうと萌子は努力していた。そのことについては『森の意志』は強く拒否はしなかったし、桃も口を噤んでいた。萌子の意固地な様子に何かを言おうという気持ちも湧かなくなったのかもしれない。

「萌子……?」

呻くような、囁くような小さな声が侑里から聞こえた。『森の意志』からではなく、侑里の口から発せられたものだ。

「ユリ!」

萌子は侑里の肩を掴んで、揺さぶる。体を起こそうとするが、『森の意志』の重さのせいで上手くいかない。萌子は再度『森の意志』を睨みつけるが、

「黙って見てて、萌子」

頼みに応じてくれそうには見えなかった。

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