六章五話

侑里たち三人は、先ほどの無数の和室とは別の空間にいた。いや、この表現は正しくない。

「どこなのよここ!」

侑里は一人、鬱蒼とした森の中に立ちつくしていた。周囲を見渡しても、声を上げても、侑里の他には誰もいない。森も森で、木肌は苔むしているわ、どことなく湿っぽいわ、不自然なほどに生き物の気配がないわで、

「ツボを押さえすぎてて不気味に思えてきた……」

山を背にして、早歩きで歩き出す。この辺りはどこもかしこも開発されている。いくら田舎で人が少ないとは言っても、人がいる場所に辿り着きさえすればなんとかなる。そう心の中で言い聞かせて、侑里は三十分ほど歩いた。そして、侑里は神社の境内に辿り着いた。木立の向こう側で鳥居が右手に、本殿が左手に見える。もうしばらく歩くと、参道に辿り着いた。古い石畳でできた参道である。侑里は端を歩きながら、本殿の方へ向かった。

「本当は逃げるべきなんだろうけど……」

不思議と呼ばれているように感じた。無数の和室の主は、萌子と桃を侑里から遠ざけた上で、この先で侑里を待ち構えているはずだという確信があった。こんなことをした理由を聞かずに立ち去るほど、侑里は寛容ではなかった。それになにより、混乱し通しで、溜まったフラストレーションをぶつけてやらないと気が済まなかった。一発『第三の手』で殴ってやれば幾分気持ちはすっきりするだろう。


本殿の前には、萌子が立っていた。

「ユリ!良かった、心配したんだよ?一人だけいきなり消えちゃうんだもん」

「萌子……?」

先ほどの格好のまま、心配そうな顔をした萌子がそこに立っている。「侑里を見失ったことが心細かった」と顔に書いてある。

「うん?どうしたの、ユリ。顔色悪いけれど、大丈夫?ターナ値が高いところにいたせいで、具合悪いの?」

萌子は力強く侑里の手を握る。何かがおかしい。

「萌子」

何かを言わなければいけない。この萌子は多分偽物だ。先ほどの森がこんなところにないということは分かっているし、この神社も観光案内に乗っていない。何より、研究所で、神徒が高いターナ値を生み出した時に生じる独特の「臭い」がする。ここは魔力によって作られた空間だ。萌子だって、そうに違いない。

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