五章十話

侑里は六畳ほどの和室に倒れていた。畳の香りが心地よい。混乱し、強い疲労感を感じる体をしばしの微睡みの中に沈めようとして、我に返る。自分は突風に吸い込まれて、今ここにいるのだ。寝ている場合ではないと全身に力を入れる。鎖で繋がれているかのように重い瞼をなんとかしてこじ開けようとする。そうだ、まずは一番に突風に吸い込まれてしまったものがどうなったかを確かめねばならない。

「『第三の手』……!」

まずは固定のための糸を念じる。問題なく出現させられる。一日中ひたすらこの糸を作る作業だけを研究所でやらされた経験が活きた。だが、問題はこの先だ。目は開けられないが、なんとか立ち上がることはできた。もっと、もっとだ。

「……出た」

『第三の手』がきちんと出現した。ようやく、目も開くことができた。しかし、見慣れた自分の『第三の手』便利な道具になっている。それに、これは。

「ユリ。それが、あなたの『第三の手』?」

後ろから萌子の声がして振り向く。その時に意識がそれ、糸がほどけてしまった。

「萌子!あなたまでここに来ちゃったの?」

「茂手木先輩だけじゃないですよ、楠木先輩。私もいます」

侑里の視線の先、萌子の背後に桃が立っていた。桃もぐったりとした様子である。

「楠木先輩。あなたの『第三の手』って固定してないと消えちゃうようなものだったはずですよね?」

桃が侑里の後ろを指さすので、再び侑里は視線を戻す。そこには、糸で固定されていないにも関わらず、やはり生気のない色の『第三の手』が床から生えていた。

「原因は分かりませんが、先輩の『第三の手』はよく分からないものに変化してしまったようです。私たちの目に映る、どこでも船幽霊に」

『第三の手』どこでも船幽霊はその名が不服であることを示すように、じたばたと暴れ出す。

「桃ちゃん。私この手を動かしてないんだけど、本当に私の手なの?」

桃は大きなため息を吐き、ふらふらと歩きだした。今にも倒れそうな様子だ。そして、座り込むようにしながら『第三の手』に触れると、まじまじと観察してから言った。

「間違いありません。あなたの魔力を感じます」

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