五章一話
†三月二十九日 早朝
侑里は学校に向かっていた。今日から文学愛好会部員たちは遠征にでかける。出掛ける先は、北部にある山間の村だ。
萌子の住む街の駅に着くと、萌子が乗ってきた。
「おはよ、ユリ」
「おはよ、萌子。忘れ物はない?」
萌子は笑って脇に抱えたカバンを軽く叩く。
「全然ないよ、大丈夫」
電車の扉が閉まり、発車する。
「でも、菊川さん、一体何を考えてるんだろうね。『鬼が住んだ森に行くぞー!』って決めちゃって」
「さぁ?この季節に海って気分でもなかったんじゃない?」
侑里と萌子はもう何度か繰り返した結論の出ないやり取りをする。今日行く村にはかつて人を食らう「鬼」がいたというのだ。村人に恋をして、多くの哀しみを抱え、そして鬼は死んでしまった。そんな話の舞台になった場所だという。菊川得意の冗談だと最初は思ったが、榊も斎藤も何も何も言わなかった。あの二人は行き先について、特に何かを考えていたわけではないらしい。
「……あれ?萌子、なんだか元気ない?」
青い花が舞った日から二十日ほどが経っていた。調査は全く進んでいない。誰にも健康被害がなかったことから、『青銅の門』が起こした怪現象の一つだろうということで結論が出てしまっている。だが、萌子と侑里にとっては結論が出ていない。萌子が『孤独の樹』に見た花であることを二人だけは知っている。そのことを悩んでいるのかと思っての言葉だったが。
「ユリにはバレちゃうか。なんだかね、嫌な予感がするの」
「嫌な予感?」
侑里が首をかしげる。
「うん、なんだか、朝から不機嫌なことが起こりそうな嫌な予感が……!」
わざとらしいジェスチャーをした萌子に、同じくわざとらしく抱き付いてみせる。
「きゃーこわーい」
萌子が笑みを浮かべて、侑里の肩をつかむ。
「ダメだよ、ユリ。文学愛好会の一員なんだからもっと演技には気を使わないと」
侑里も笑って答える。
「萌子だって大差ないじゃん」
大学の最寄り駅に着いたので、二人とも降りた。
「大丈夫だよ、萌子。折角のチャンスなんだから、精一杯楽しめるだけ楽しんだ者勝ちだよ?」
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