三章二話

侑里が萌子に語ったことは半分しか正しくない。確かに研究所の敷地内には50cmほど雪が積もったことがあったが、その時の研究所の内部は氷漬けであった。

始まりは犬とも狐ともつかないを出現させる能力を持った神徒の少女の能力が、研究所の外で発動した。このような事態はさほど珍しいことではない。大きさや数の違いはあれど、獣を一時的に出現させる能力を持っている神徒は多い。そのため、このような神徒の能力の研究はかなり進んでいる。しかし、更なる研究のために不可欠である、黒い獣の長い出現時間は、神徒のストレスに直結する。曰く、体の内側を隅々まで固い毛先のブラシで撫でられるような不快さが付いて回るということだ。繊細な心を持った思春期の少女には到底耐え難い苦痛だろう。だから、当時14歳だった彼女を責めることはできない。強いて言えば、運が悪かった。

研究所を天真爛漫に駆け回る黒い獣を見た研究員が警報を発令。まだ日の浅い研究員であり、神徒の様々な行いに慣れていなかったのだからこれも仕方のないことだ。そして、同じく研究に参加していた炎を操る能力者たちが自主的に黒い獣の退治に乗り出した結果スプリンクラーの作動と火災報知器の誤作動を引き起こしてしまった。この事件以来、炎を操る能力者たちを研究に参加させる場合は、研究所内に三人集めてはいけないという規則ができた。

立て続けに鳴り響く警報と火災報知器、スプリンクラーにパニックを起こした雪を降らせる神徒と雨を降らせる神徒が自らの能力を暴発させてしまった。研究所の敷地の外壁に神徒の能力を中和する特殊な技術が使われていなかった場合、もっと大きな事故になっていたことだろう。雪を降らせる神徒は真夏の都市に雪を降らせたことでその能力が発覚したのだ。雨を降らせる神徒に至っては気象衛星に映るほどの大きな雨雲が予測不可能な動きを立て続けに見せるほど大規模な影響を及ぼす。彼女たちの能力を暴れさせてしまっただけでも、重大なミスである。

以上のようなことが重なってしまったところに、能力を持っている神徒がよりにもよってその日に体調不良をおして研究に参加しており、能力が暴走。研究所が丸ごと氷漬けになってしまう前代未聞の大事故となった。

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