ナラーシャの木

悔乃

void

遠い異国、存在していることすら憎まれるような山賊があった。山賊は度々街にやって来ては悪事を働いた。


酒に酔っていた山賊の男は一人の女を認めた。彼女は売られいく奴隷の子ども、首には「ナラーシャ」と書かれた札が下がっていた。ボサボサの金髪に加え白痴だったが端正な顔立ちだった。


山賊の男はナラーシャの姿を一瞥し、謂れのない興奮を覚えた。そして、犯した。


愛を知らないナラーシャにとって、何をされているのかすら分からない一連の行為は、この世に生を受けて初めての強烈な快楽だった。道を外れた行いが乾いてひび割れた畑に染み込むように彼女を潤した。


彼女はそれを愛として受け取った。




もう一度山賊の男に会いたい。白痴であった彼女は三日三晩山賊を追って山を駆け巡った。


ようやく見つけた山荘は谷底にあった。山荘から出てきた男は見まごうことも無い、あの時の山賊だった。


谷の上から彼女は無常の涙を流した。


ひとしきり泣き終わるとその崖を飛び降りた。


彼女の身体は、谷底に植えられた長槍のような枯れ木に突き刺さった。


木の根本にいた山賊の男は頭に垂れてくる血潮を認めた。そして再びの出会いを果たした。


貫かれた彼女は男にぎこちない笑みを浮かべ、事切れた。


山賊の男は彼女の顔にどこか惹かれるものがあったが全く見覚えのない顔だった。首に掛けられた「ナラーシャ」の札は彼に何も語りかけなかった。触るのも気味が悪かったので足早にその場を立ち去った。


長槍に貫かれた哀れな人形だけがそこにあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ナラーシャの木 悔乃 @kyashino

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ