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多脚同盟


 程よく開けた平地にあるボロ家、いつからあるかは不明だし、誰が住んでいたのかも知らない。しかしそこがどんな場所かは皆が知っている。

 かつてこのボロ家に足を踏み入れた者がいた。最初に踏み入れた一人は、血を撒きながら肉片と化し、助けようとした一人は首を切り落とされ、最後の一人は家の中を見た後、叫びながら逃げ出した。そしてこう口走ったのだ。

「多脚同盟の総本山」

 数多の眼、夥しい数の脚があったのだ、と。それを確かめに行った者は、だが一人として帰ってこなかった。

 それ以降、ボロ家は多脚同盟と呼ばれている。



 実情を語るのであれば、虫に口も脳もなく、彼らに多脚同盟という意識はない。――意思疎通はできるだろうが――なので、語る法があるとしておこう。それでは、どこにでもあるただのボロ家、もとい多脚同盟とは何か伝えようではないか。

 かつてこの世には巨大生物が闊歩していた。体の大きさは、それだけで脅威となり得た時代だ。巨大生物たちは長い時間をかけて、互いに食い合うよりは、弱者を狩る方が安全であることに気付いた。そのため、いつからか体の小さな者はひたすらに被食者となっていた。

 七つ目の太陽は、我が物顔で闊歩する巨大生物たちの蹂躙をにんまり笑いながら見下ろし、七つ口の月はわき目もふらず星を食い散らしていた。天敵がいない、それのなんと素晴らしいことか。

 しかし、太陽と月は知っている。彼らもまた弱者である。古い停滞の森にいる恐ろしき物。捕食者とは異なる殺戮者に追われ、この地へ逃げ込んだ。ただの弱者は、さらなる弱者を目の当たりにして強者となり、偉ぶっている。それだけのこと。

 5本足の巨大生物は、軟質の瞳で蜘蛛のゼウシアを追いかける。ゆったり、ゆっくりと。脚が8本しかない標準的な蜘蛛の速さはたかが知れている。巨大生物は足を器用に曲げながらゼウシアを掴もうとした。足は地面を穿ち、そこに獲物はいなかった。また逃げられた。

 逃げ続けるゼウシアは紫色の大地に生える黒い棒に引っかかった。転びかけるが脚は8本、容易に態勢を直しさらに走り去る。後続の巨大生物も、その体躯からはとても認識できない小さな棒を踏み潰して追いかける。空に向かって伸びようとする植物はなぎ倒される。ゼウシアの行く道は更地になっていた。飛び火を恐れた小さな生命は散り散りに逃げ惑う。

 巨大生物はどしん、どしんと歩きながら進んでいく。その時、背後から爆音が轟いた。紫色の土煙が舞い、ひたひたと乾いた音が聞こえる。直後に、

「ぉおおあぁっ!」

 これは叫び声。巨大生物の未発達な口吻から、体内の気体を無作為に吐き出したのだ。見れば一本の脚が黒い血を吹きながら抉れているではないか。悲痛にもぶちぶちと裂かれる音は、やがて骨を削る音に変わる。半分も砕ければ、諦めたように足はぼきりと折れた。

 巨大生物は痛みにのたうち回り、紫の大地に倒れ伏した。敵は何処か、どうやって攻撃しているのか。軟質の瞳を巡らすが、何も映らない。自分に歯向かうような奴は、何処にもいなかった。いたのは、視界の端に映る黒い影。皮膚の上を走りながら肉を抉る、元来捕食されるべき小さな生き物。

 ボキリと二本目の足が折れる。痛みに狂乱するが、紛れることなく増幅し続ける。ボキリ……ボキリ……あっという間に四本目の骨が折られた。立つことも叶わずついに倒れたが、ソレは巨大生物から離れ、ゼウシアを追いかけていった。

 このまま殺されるはずだった巨大生物は、その不可解な行動に安堵する。折れた骨がくっつくまでろくに食事もできないだろうが、不安とは無縁だった。この地において、天敵は自分自身なのだから。

 その目論見に間違いはない。だが、一つの思い違いはあった。

 草木に隠れていた小さな生物たちは、見定めるように巨大生物の周りに寄ってくる。折れた足、紫の大地を黒く染め上げる大量の血。機敏に動くのは、軟質の目玉と一本の足。この巨大生物は、肉の塊かと。

 死を幻視する餓えた一匹が飛び掛かる。まだ折れていない一本の足で振り払おうとするが、死角となって届くことはない。皮膚を噛みつき、血を吸いだした。

 それを見るや否や、一斉に肉の塊へ小型生物たちは殺到する。強者は弱者を喰らう。それだけのこと。餌の取り合いをするには贅沢な量を前に、小型生物たちは牽制することも、威嚇することも無く、ただひたすらに肉を貪った。

 七つ目の太陽はにんまりと笑う。命の終わりを祝福しているのだろう。



 古びた家に逃げ込んだゼウシア。それは程よく暗い空間だった。人気も無ければ、誰かが潜んでいる気配もないもぬけの殻。棚やベッドなどが無造作に置かれており、ホコリを被っていて今にも壊れそうだ。

 不運にも巨大生物の不幸を彼は知らない。彼を追う者は頭の中だけになっても、逃走劇を続ける気でいた。

 さて、ここからどうやって逃げおおせるか。こんな家ではバリケードにすらなるまい。一人ゼウシアは天井を眺めながら思考に浸る。しかし伝わる足音がそれを妨げた。ともかく隠れようとするゼウシアの前に、何かが降ってきた。

「貴様、私の脚を蹴ったな」

「うわっ!」

 黒い体色。顔を覆う一三の眼、血の滴る顎、そして夥しい数の脚。同じ蜘蛛だが、一目見れば分かる格の違いを前に、ゼウシアは退くことしか出来なかった。

「私に挑むつもりなのだろう? さあ……」

 上体を反らし、その繊細ながらも強靭な脚を大きく広げる。凶鳥のように禍々しく、見る者を震え上がらせる姿だ。

「いや、違う! ただ、逃げていただけだ!」

「逃げる? 何から?」

 ゼウシアの言葉で殺意がするりと流れる。興味を無くしたように上体を下し、つまらなそうに頭を床につけた。

「巨大生物に、だ」

「でかいだけの肉屑に? あんなもの殺せばいいだろう」

「そんなことできるわけ……!」

「できるだろう。十倍の体格差があってもできるんだ、まあ勝手は少し違うが」

「ッ……」

 ゼウシアは言葉に詰まった。十倍程度の体格差なら問題なく狩れる。狩れるが、千倍以上となれば話は別になる。とても同列には語れまい。

「道理で、縄張り争いも最近は起きないわけだ。詰まらんな。……狩りを忘れたのか」

「なんだって?」

「私は闘いがしたい。それを抑止する肉屑は潰されて然るべきだ。そうだろう?」

 周囲を見渡し、何か思いついたように頷き、ゼウシアを乱暴に放り投げて外に出た。

そこには穴だらけになった物体があった。ピンク色の皮膚は無く、未だに食われ続ける肉と骨だけが元の大きさを物語る。

「私の名はエンス・バイアスト。あの肉屑を潰したのは私だ。狩りの記憶を呼んでやろう」

 エンスはそう言った。――虫に名前も何もないのだが。


 噂は風に乗って広まる。風に漂う虫もいるのだから、とても速い。速度に換算しても毎秒400メートルは下らないだろう。気付けばボロ家に虫たちは集い、かつての狩りを思い出していた。草木の果実を分け合う消極的な生存から、血で血を塗りつぶす破滅的な生存競争へ。数多の犠牲を伴いながらも、異質な進化を始めていた。その時点で進化を止めた巨大生物は再び弱者になり、絶滅という逃げ道だけが残された。

 自分以外の個体を見たら争う、そのような状況になった虫たちだが、ボロ家だけは安息の地となっていた。特定のテリトリーを持たないエンスはボロ家を気に入り、狩りや散歩で不在の時は虫たちがボロ家を守るようになった。

 当初は小さな争いが起きていたが、それも無くなった。エンスは128本の脚と13の眼を持つ正統派の蜘蛛だ。風よりも速く、獣を凌駕する力を持ち、金属よりも堅く、容赦がない。そんな彼は強者を好み、殺しを愛する。エンスの獲物は、対峙した者は、目の前で喧嘩をする者は、彼の称賛と共に死を与えられる。

 故に虫たちはエンスを尊敬し、従う。敵対するには未だ無謀な存在だった。例外は節ごとに分裂でき、結合も自由なムカデのドミナと、脳に寄生もできる甲虫のエンガーくらいだ。

 同じ虫同士でやり合うことはあっても、それ以外の奴で敵と成り得るものはない。彼らは自分たちの未来に安堵していた。エンスら3匹は、これ以上の強者がいないことを嘆いていた。――しかし、そんなことを思う知能は虫にない。



 七つ目の太陽が照らす昼下がり、空にいた雲たちは蒸発しきり、夜の到来を密かに待っている。紫の大地に根を生やす草木は葉を広げ、色とりどりの果実を保護している。足跡を残そうと、整地された地面を車輪たちが駆け抜けていた。

「へい! アバロス!」

 ハイテンションを全身で表現するホロは道すがら声をかけた。名前を呼ばれた商人のアバロスは不機嫌な表情を顔に張り付けて振り向いた。荷車を引くロクラは気にも留めず、マイペースに歩いている。

「あ、あ、あぁぁ?」

 露骨な嫌悪感を口にするアバロスは、無邪気に笑うホロを睨み付ける。商人たるもの、客人、客人成り得る者には丁寧に対応するが、そうでない者に礼儀は必要ない。眩しい笑顔以外に何もない――いや、笑顔に価値はない――無価値な奴。アバロスにとってホロなどそんなものだ。

「おうちちょーだい!」

 お客様とは会話に足る知性を持ち、且つ資産か、価値ある能力がある者のことを指す。家を欲するなら猶更だが、彼女には後者が無い。肉体の使い道を探せば少しは見いだせるだろう、しかし多くは宿主に付随して意味を持つ。使い捨てが関の山な割に、量産性に欠けるのが目に見えていた。

「テメェには必要ねーよ」

「やだ! ちょーだいよっ!!」

 ホロはぴょんと跳ねてアバロスの胸に抱き着く。顔で彼の頬をはたいたり、服を引っ張ったりと駄々をこねる。さらりとした肌の撫でる感覚に不快感を覚えたアバロスの目は発振し、青く血走る。彼の手から黒い刃がぽこぽこと生えた。

 彼はホロの頭を左手で抑えて、刃を伴った右手で殴り抜く。透明な紅い液体が彼女の頭から滴る。彼は舌打ちをした。

「離れろゴミ」

「ん? やる気? やる気なの! ねえっ!!」

 ホロの声に怒りの感情はないが、怒っている。彼女の複眼が融合し、瞳になろうとしていた。アバロスは主人を決して顧みないロクラを見やった。歩みは遅く、まだ近くにいる。

 力づくでコレホロを黙らせれば、次のお客様との取引に遅れてしまう。幸いにも話は通じるから、口先で何とかできるだろう。……ああ、都合良く家があるじゃないか。価値もなく、手出しする物好きもいない“ボロ家”が。

 視線をゴミホロに戻すと、殆どの複眼はまとまり、紅い瞳になろうとしていた。小さな口は大きく開き、白い歯と赤い舌に唾液の糸が張っている。掴む手はアバロスの肉に深く沈みこんでいる。

「よし分かった、家をやるよ」

「ほんと! やったぁーっほぉい!!」

 アバロスの言葉を聞いて、ホロは弾けるように飛び降りてそのまま跳ね続ける。喜んでいるようだ。彼女は跳ねながら言葉を続ける。

「どこにあるのっ?」

「この先が湖の深みだから……東にある古い停滞の森の方向だな。多脚同盟の場所を聞けば分かるはずだ」

「ありがとー!!」

 ホロは手足を振り回し、走って行った。アバロスはせいせいしたように息を吐く。古い停滞の森付近の開拓を邪魔する多脚同盟を潰せば資材が節約できる、返り討ちにあえば厄介の種が消える。

「これでゴミは片付いた」

 アバロスは手に生える黒い刃を引っ込めて、マイペースに歩き続けるロクラの後を追いかけた。



 異変はすぐに気づいた。地面を伝わる音がこちらに迫っている。巨大生物ではないが、それでも十分に大きい。エンスは気にも留めず、破裂落しに寄生したエンガーとムカデのハオノの3匹で談笑していた。テリトリーを犯されない限り彼らは何もする気がないだろう。

 虫たちは戦闘態勢に入り、各々の武器をぎらつかせる。ゼウシアも脚に備え付けた弓に矢をつがえて、侵入者に備えた。どれ程巨大な敵であっても、今の彼らでは襲るるに足らず。幾重の牙は皮膚を裂き、幾多の毒針は肉を溶かす。愚かな侵入者は数十秒の内に皮膚の下を、体内を這いずる虫の感覚を知るだろう。

 迫る音は扉の前で一旦止まる。虫たちの警戒心が敵愾心に変わる。ドアノブに触れ、カチャリと開く振動が伝わる。彼らの殺意が一気に膨れ上がる。

「はうすっ!!」

 そんな声と共に扉が開き、暗い室内に光が降り注ぐ。光の元たる七つ目の太陽は、これから起きる悲劇を前にしてにんまりと笑っていた。太陽にとっては喜劇なのだろう。

 愚かな侵入者は薄い布を纏っていた。頭部と腕はほぼ丸出し、足は膝まではれているが、真下から見ればその全貌が露わになっていた。無論、布ごと切り裂くのも容易だ。守りの意味を為さない、裸同然の鎧。

 虫たちは牙を、針を剥き、一斉に襲い掛かる。彼らが気遣うのは同士討ちだけだ。

「ぬぁっ!?」

 威嚇か、悲鳴か。虫に効果はない。暴れようと、壁に叩きつけようと、彼らは好き勝手に貪り続ける。しかし虫たちは違和感を覚えた。皮膚は堅く、肉は溶けず、暴れる様子もない。悲鳴に至っては最初だけだ。何かおかしい。そう思いながらも、どうせすぐに死ぬだろうと攻撃の手は緩めなかった。

 透明な赤い液体が流れる。布が裂ける。

「ん? やる気? やる気なの……ねえ!」

 そんな声がしたと思えば、風切り音が響き、液を撒き散らす固体が叩きつけられた。それが2度、3度と立て続けに起こる。侵入者は右手に食らいつく虫を一匹ずつ、一噛みで潰していく。その間にも真っ二つに切断された虫が床に飛び散る。

 異変に気付いた虫たちは即座に距離を取るが、成す術なく2分割される。エンスは嬉しそうに顎を打ち鳴らした。

「貴様……どっちだ? まあいい。雑兵どもを蹴散らす、その程度でなくては楽しめないからな」

「んぉ? 蜘蛛だ! すごーい! 脚いっぱい!!」

 侵入者の動きが止まった。そこでようやく、風切り音の正体が分かった。

 胸の下、腹の脇から2対の腕が生えていた。虫のような鋭い鎌を携えた細長い腕。それが服や体にへばりつく虫を器用にそぎ落としていく。

「あたしホロっていうんだけど、脚ちょーだいっ!」

「我が名はエンス・バイアスト。さあ、闘いを始めようじゃないか……」

 関心するようにエンスの言葉に聞き入る、その隙にホロの肉体にへばりつく虫たちは退散していった。薄れかけた死の恐怖が彼らを逃走に駆り立てたのだ。

「へー! は? なにあんた?」

 首を傾げるホロ目掛けてエンスは跳躍し、顔面に張り付く。尾で糸を吐き頬に繋げ、頭を脚で締め付ける。岩ならあっという間に砕くほどの力が彼女を襲う。

「やる気なの? 千切るよ? ねえ!」

 しかし動かせないはずの口を平然と動かし、ホロはエンスを見る。複眼の全てが彼を見つめている。小さな眼たちは融合し、瞳になろうとしてた。彼女の小さな口が開く。死のイメージがエンスの本能に畳みかける。そして、古びたハサミを乱雑に閉じる音が響き渡った。

「! なっ!?」

 本能的に飛び退いたエンスの後ろ脚の多くは半ばから切断されていた。彼女の口からは虫の顎がちらりと覗く。あれで噛み千切られたのだろう。ホロはにっこりと笑い、エンスを二つの眼で見つめながら、“腕”を伸ばして虫の死骸を屋外へ捨てていく。

「エンス! 明らかに不利だ! 私も加勢させてもらう!!」

 そう叫びながら、床板から飛び出たのはムカデのドミナ。彼女の左足から胴体、さらに右腕まで絡みつく。鋭い脚は皮膚に食い込み、牙で腕を貫こうとする。

「あーでかいね! えいっ!」

 ホロはドミナの頭を左手で叩く。外殻もろともドミナの頭が潰れたが、すぐ次の節が頭となり全身で拘束しようとする。それを見た彼女は面白がってまた頭を潰し、その瞬間に弛緩した体を引っ張り、外に放り投げた。

「待て待てーっ!」

 綺麗に着地し百を超える脚で疾走するドミナを捕らえて、ホロはその頭を掴む。千切り、頭と尾が一つになったドミナを握り潰す。長い方のドミナの頭を掴み、また千切って潰す。

 エンスは切れた脚の調整を行い、彼女の頬についたままの糸を一気に引っ張った。単純な力勝負では劣っても、別のことに意識が持ってかれてる今なら動きを妨害できる。

「ドミナもエンスも自由にやり過ぎだ。加勢するなら連携をしろ」

 急に引っ張られたホロは態勢を崩し、ボロ家へ吸い込まれるように飛ぶ。その途中で破裂落しに寄生したエルガーが高圧大気砲を放つ。腹に直撃したホロは地面に落ちた。

「今だ! やれ!」

 破裂落しを介してエルガーが叫ぶと、エンスとドミナが仰向けに倒れるホロに襲い掛かった。

「――あ! おうちっ!」

 それとほぼ同時にホロは起き上がり、思い出したように叫ぶ。体に噛みつこうと飛来している二匹を手で掴み、地面に叩きつける。空を飛ぶ虫を“腕”ではたく。そして彼女はボロ家の前で跳ねる。

「おうちだー! わぁいっ!!」

 未だ戦意を失わない3匹は、よろめきながらも彼女に迫る。それに気付いたホロは振り返り、にっこりと笑う。

「え? なに? すみたいの? しょーがないなぁ! いいよっ!!」

 ホロは手足を振り回しながら3匹にかけより、執拗に撫でまわした。そうして彼らは、敗北を悟った。彼女は自分たちを敵ではなく、ただの虫としか思っていなかったのだ。いつでも殺せる、その程度の存在。

「……我が名はエンス・バイアスト。貴女に付き従おう」

 仰々しく、彼は頭を垂れた。ホロは共生を選び、敗者に選択肢はない。

「これも運命か、俺はエルガー・ガルデンワイン」

「どうせ死んでいた命だからな、いいだろう。我はドミナ・ドミニカだ」

 エンスの言葉に驚きながらも、二匹はそれに続いた。

 ホロはじっと3匹を見つめる。眉を潜めて、何か考えているようだ。このまま殺されるのではと思ったが、既に逃げる気も失せていた。彼女の審判を静かに待つ。

「……あー、サディに、ポルスに、ハオノね。 よろしくー!」

 得心のいってない表情のまま、自信に満ちた言葉がホロの口から放たれた。

「!?」

「待て、ち、ちがっ!」

「どっからそうなったんだ!」

 3匹の抗議は虚しく空気を揺らすだけだった。――当然、虫と話せる道理はない。


 こうして多脚同盟は事実上の解散となり、ホロはめでたく家を手に入れた。





「おーう、なんだおめぇは?」

 ホロの襲撃からまたも逃げた蜘蛛のゼウシアは大きな民家に侵入していた。今は家主の罠に引っかかり、絶体絶命の最中にある。

「人手が足んねーけどよ、お前暇か? ここで働こうぜ」

 大きな一つ目がゼウシアを睨む。嫌な沈黙にじりじりと精神が蝕まれていくようだ。

「俺はカロッフ、あいつはシュレッダーのフィンデルメンド。気難しいが悪い奴じゃない。お前は?」

 沈黙を破ったカロッフはそう言いながら罠を外した。彼は意を決し、ついに口を開いた。

「……ゼウシアだ」

「ゼウシアか。よろしくな」

 そう言って、カロッフは笑った。――果たして彼は、言葉を理解したのだろうか。

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