殺される

ちび

油断

この日は朝から騒がしかった

8月10日金曜日

お盆前で連休に入る事もあってできるだけ仕事を仕上げておこうと皆大忙しでした


私…涼子は個人経営の建築会社の経理事務をしています

この会社は一階が事務所と資材置場

二階三階は社長の自宅となっています


会社は建築部とリフォーム部で分かれており

それぞれに事務員がいます

私は建築部ですが

リフォーム部には篠原さんという70歳代の男性の事務員さんがいて

とても達筆で筆を持たせたら

プロの書道家と思われる位の素晴らしさ

そこを買われて事務員にスカウトされました


私の建築部の方は

大きな会社の下請けをして家を建ててます

ツーバイフォー工法が殆どです

大工さんは全員青森から来ている方々


リフォーム部の方は皆スーツ出勤で古い家などを訪問し

その名の通りリフォームの仕事を取ってくる営業です

その上司が鏑木部長

すらりと背が高くスッキリした顔立ち

40歳ちょうどの妻子持ちです


そして

今日は大工さん達の給料日です

ボーナスの時期でもあり

青森に帰る大工さん達に現金で渡します


銀行には前もって連絡してあり

社長が約一千万円近い現金をおろしに行くことになってました


14時25分事務所の電話が鳴る

「はい!お電話ありがとうございます

◯◯建築でございます」

「俺だ!」

社長の声


「お疲れ様でーす」

「今移動中なんだが渋滞にはまって銀行間に合いそうもない!誰か事務所に居ないか?」

「誰も居ません、私だけです。あっ隣の事務所に篠原さんが居ると思いますけど?」

「あいつは駄目だな…」


社長はリフォーム部の事務員の篠原さんを信用していなかった

自分で雇った癖に

何故なら彼は妻に先立たれた後1人暮らしで親戚も遠い所にしか居ないので殆ど身寄りがないと一緒だ

なので大金は扱わせていない

小切手や手形を切るのは私の仕事でした


「しょーがねぇな、女房を田舎へ帰させるんじゃなかったな」

「そんな事言ったって電車が混まないうちに帰れって言ったの社長じゃないですか」

「仕方ない!お前行け」

「えっ!私が?」

「銀行には電話しておくから印鑑だけ持って行けばいい」

「はい…」

「大丈夫だたかが札束10個だ、俺の机の脇に掛かってる巾着袋に入れてこい」


社長の机の脇には体操服を入れるような紺色の布で出来た巾着袋がぶら下がっている

その中にお中元などに届いた果物とか酒を入れて自宅に上がっていくのに使っていた


「紐を手首に巻いて抱えてくればたとえ襲われても奪う前に誰かが助けてくれるだろう手首を切り落とされない限りはな!ははは」

「もう社長やめて下さい!それってもしかしてアメリカンジョーク言ったつもりですか?全然面白くないですよ……わかりました。すぐに行ってきます」

「頼むな15時半頃には会社に着くと思うから」


電話を切り銀行へ行く準備をする

銀行までは徒歩で約10分

それも国道の道沿いを歩くだけなので人通りも多い

楽勝


事務服のポケットからいつも入れてあるキーケースを取り出し社長の机の引き出しを開け印鑑を取り出す

鍵を閉めてキーケースと一緒にポケットにしまう

ついでに巾着袋も小さく折り畳んで反対側のポケットに


と事務所のドアが開いた

「お疲れ~」

覗いた顔は鏑木部長だった


「あっ!鏑木部長お疲れ様です」

「社長は?」

「なんか渋滞にはまってしまってるみたいでまだ帰ってこれないんですよ」

「そーなんだ、んで涼子ちゃん1人しか居ないの?」

「そーなんですよ!それにこれから急いで銀行に行かなくちゃならなくて。すみませんが鍵かけて出掛けますね」

「銀行?あっ…そっか!大工さん達の給料か」

「そーです!一千万円もあるんですよそれを私に取ってこいって」

「ふぅん……そっか……」


いつものように軽い会話をし裏のロッカーにバックを取りに行こうとすると


「じゃあ危ないから涼子ちゃん車乗せていってあげるよ」

「えっ!ほんとですか?仕事大丈夫ですか?」

「車なら3分もあれば行けるっしょ!いいよ」

「やったーありがとうございます」


鏑木部長に乗せていってもらう事になりました

良かった。ラッキー


「じゃあ私バック取ってきますね」

一度ロッカーに戻ろうとした時


「俺も忙しいからさ!早く行こう出られるんなら今すぐ行っちゃおうよ」

鏑木部長が車のキーを右手でくるくる回しながら催促をした

往復で多分15分位だろう…まっいっか

私は何も持たずにドアに向かい鏑木部長と外に出るとポケットからキーケースを出しドアに鍵を掛けた


「私、篠原さんに留守にすると言ってきますね」

「あっ!いいよ俺が行ってくるから、帰って来た報告がてら伝えておくから涼子ちゃん先に車乗ってて」

車の鍵を渡され

「じゃあお願いします」

建物の脇にある会社の駐車場にとめてある

鏑木部長の車の助手席に座った


建物の脇なので私からは鏑木部長の姿は見えないが

30秒もしないうちに戻ってきた

車のドアを開け運転席に座る

私は鍵を渡した

エンジンをかけなが

「篠原さんには銀行行ってすぐ戻るって言っておいたから」

と言うとすぐに車を出した


車が駐車場から出て左に曲がった瞬間

リフォーム部から篠原さんが顔を出して覗いたのが一瞬見えた

私は振り返り後ろを見た

まだこっちを見ているようだ

いや車ではなく隣のうちの事務所を見ていたのかもしれない

そのときかすかに

ちっ!

っと舌打ちのような音が運転席から聞こえたように気がしたが

その時の私にはエンジンの音にかき消され何かの空耳だと思っていました

それに完全に鏑木部長を信用していました

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る