屋上の絶滅

韮崎旭

屋上の絶滅

 殲滅したい世界が目の前に見えたところでそれは質の悪い妄想だと自分にいい聞かせてみることが明るい明日への第一歩。ついでに難破するための第一歩。それから自滅への第一歩。

 壊したいのはこの視界にうつるものではなく視界を持つ私自身だと今や私は強く認識している。

 それは空腹や渇きに似た原始的に思える衝動であったがその原始的である分だけ手に負えない気もしていた。

 給水塔の見える屋上で、午後5時を告げるトロイメライのメロディの放送を聞いている私は本当に人間なのか? 周囲の人間たちへの観察からの憶測からそう類推しているだけで、私の思考や感覚は見掛け倒しのものであるのではないか。空洞の私が私自身を騙しているのではないか。現に私は自分の嗜好や感覚が無機的に分断されている、というより、初めから個々の間に繋がりなどなかった、要に思えてならないが、それは曰く、一般的ではないらしい。そこへの不安から私はより一層私を疑う。

 叩き付けるような暴力的な夕日は、いつの間にかやわらかな薄暮へと衰退していた。世界は絶滅してゆく建造物群の墓場のようにこの屋上からは見えた。あたりはどす黒い血で溺れていくようだ。

 視界を壊して、少々手間取って取り出した両目を空白へとささげよう。無軌道かつ無感動に受け入れたその損傷のもたらす痛みは、私にとって、身に覚えのない駄菓子の味がした。

 辺りは完全な夜になった。

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屋上の絶滅 韮崎旭 @nakaimaizumi

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