リアニメイト!

天野維人

第1章:遥か宇宙の彼方にて

第1話:実験開始!




「助手ー! 助手はいるかー!」


 白磁色の無機質な壁に囲まれた広い研究室内に、活気で満ちた若い女性の声が木霊した。

 このステーションには僕と彼女しかいないので、助手と呼ばれて返事が出来るのは当然僕だけだ。


「はい博士」


 返事をしながら声の方向に振り向くと、長い黒髪を揺らす白衣の美女が扉の前で仁王立ちしているのが見えた。

 彼女は私を見つけるやいなや、破顔一笑する。

 嬉々としてこちらに手を振るその姿はとても麗しく、かつて地球に咲いていたという向日葵の花を思わせる。


「おぉ、そこにいたか助手! 実験やるぞ!」

「実験?」


 唐突過ぎて要領を得ない。

 確か今日は施設内の機器の動作確認を行う予定のみで、それ以外に何かをする予定はなかったはずだ。

 ところが僕の反応を見て博士は眉を顰めた。


「昨日、我々がこの『ISS - 3000』で行う実験の話を散々したではないか! もう忘れたのか?」

「それは聞きましたけど……博士、まずは実験を行う為の装置を作るって息巻いてたじゃないですか。それが先ですよね?」


 現在僕らが滞在している国際宇宙ステーション――通称、ISS - 3000――には研究機器が最低限度のものしか備わっていない。

 いくつか機材は持ち込んでいるが、実験を行うにはまず設備を整えて専用の装置を開発する必要があるのだ。

 最初にそれを言い出した彼女が忘れているはずはない。


 そんな博士は僕の問いを聞くと得意げな様子で胸を張り、口角を吊り上げた。


「ふっふっふ、案ずるな助手。それならもう作った!」

「……え、めっちゃ早くないですか? 動作テストは?」

「済ませた! さぁ行くぞ助手!」

「あ、ちょ、分かりましたから強く引っ張らないで下さいよ……!」


 意気揚々とする博士は僕の手を取って別の研究室へと向かう。

 これまで異性に手を握られるという経験があまり無かった僕は少々ドギマギしつつ、連れて行かれるまま研究室を後にした。







 博士に連れられてやって来たのは培養槽や生体情報モニタなどを備えている第三研究室、生物実験を行う部屋だった。

 実験対象となる生物はいないので、昨日と変わらず培養槽の中はどれも空っぽだ。


 しかし一つだけ全く見慣れない装置が部屋の中央に配置されていることに気付き、それこそ博士が開発した装置であるとすぐに分かった。

 そのまま博士は装置について説明するかと思いきや、振り返って僕を指差す。


「助手。我々の使命を答えたまえ」

「えっと……『地球産生物の再現とその分析』です。五〇〇年前に人類の祖先と共に地球で暮らしていた生物をデータベースから再現し、それらを分析及び研究機関に持ち帰ることが僕らの役目です」

「その通りだ。機関は人類の故郷たる地球の生物を蘇らせ、地球史において重要とされるものを地球史会館に保存するという使命の一端を我々に課した」


 僕らの仕事、それはかつて人類が繁栄を極めた地球に生息していた生物達を蘇らせることだ。


 第三次世界大戦によって環境が破壊された地球は死の星と化し、故郷を捨てた人類は現在、地球から四〇光年離れた別の星を生活圏としている。

 そして長い年月を経て再び文明を築き上げた人類は地球の歴史を電子データ以外の形で残すプロジェクトを開始、その生物部門の主任が僕ら二人というわけだ。


 使命と言うと少々大仰な気もするが、重要な仕事であることには違いない。


「しかし! 我々は現在、非常に深刻な問題に直面している!」

「問題? 他のスタッフ達の到着が遅れていることですか?」


 このステーションで研究を行う人員は総勢三〇名の予定だった。

 しかし僕ら二人が搭乗した船以外はここへ来るまでに謎のマシントラブルに見舞われ、現在は中継地点で足止めを食らっている。

 しかもそのトラブルが解決するまで少なくとも三ヶ月、こちらに到着するには半年以上は掛かるという通信があった。

 研究の為の資材は半分以上僕らが乗った船に積んでいたので研究の実施は問題ないが、人員の不足により計画は大幅に遅延することになるだろう。


「人手不足……それも確かに深刻ではあるが、それ以上に早期解決が求められる問題があるのだ」

「それはいったい?」

「それは……」

「それは?」


 よほど言いづらいことなのか博士は非常に辛そうな表情で言い淀んだが、やがて決心したのか叫ぶようにそれを語った。


「ご飯がないッ!!」

「えっ」

「このステーションには食料の備蓄がおよそ二ヶ月分しかないのだ! 本当なら残りの資材と一緒に食料も運んでくるはずが、それらは全て他の研究員達が乗った船の中だ! しかもその船は向こう半年は来ない!」


 目尻に涙を浮かべて慟哭する博士の悲痛な顔とその発言のギャップで一瞬反応に困ったが、これは非常に深刻な問題だ。


 つまり六〇日以内に食料問題を解決しなければ、僕たちは飢え死にするということなのだ。

 いや、毎日少しずつ食べれば一〇〇日ぐらいは持つかもしれないが、それでも僕らに未来はない。

 外は宇宙だし、母星に帰ろうにも僕らを運んで来た船は燃料不足で近くの未開拓惑星までしか飛べない。


 逃げ出すこともままならないこの状況は、まさしく絶望的だ。

 軽く眩暈がしてきた。


「だが、この問題を解決する手段が一つだけある!」


 事態の重さを理解して膝から崩れ落ちそうになったその時、博士が自分の袖で涙を拭いながら強く宣言した。


「いったいどんな手段ですか!?」

「簡単だ。足りないなら!」

「……え?」

「幸いにも我々には生物再現実験を行う為の資材――万能素材ヴァリアブルマテリアルがある。これを使って作ればいいのだ!」

「ちょ、ちょっと待ってください! 確かに万能素材はあらゆる有機物に変化させることができますが、僕らが持ってきたものは生物を再現する為で、食料を作るには調整が必要です! それに調整が上手く出来たとしても、六ヶ月を凌ぐ量に出来るとは思えません!」


 僕らが研究を行う為に持ち込んだ資材は『万能素材』という最新・高性能の人工細胞物質で、これは参照データさえあればいかなる有機物に変えられるという魔法の様な素材だ。

 生物さえもそっくりそのまま再現することが出来るため、僕らの研究には欠かせない。

 だがその数は限られており、全て食料品に変えて備蓄分と合わせたとしてもおよそ二〇〇日分には届かないだろう。

 それが分からない博士ではないはずだが、何か考えがあるのかその顔には麗しくも不敵な笑みを浮かべている。


「助手よ、誰が食料そのものを作ると言った? 我々が作るのは当初の予定通り地球産生物だ」

「ど、どういうことですか?」

「君が危惧している通り、食料そのものを作ってしまっては他の連中が来るよりも先に枯渇する。しかし、もしもその食料が自己増殖するとしたらどうだ?」

「それって……つまり再現した生物を繁殖させて食つなぐってことですか!?」

「その通りだ! この方法なら当初の計画通りに研究を行いながら、食料問題も解決出来る。まさに一石二鳥の解決策だ!」


 そう言って博士は拳を天に突き上げる。

 僕らが主食としているものは大抵が植物や果実の加工食品なので、「動物を食べる」という思考に至らなかった僕は博士の突飛な思考に驚愕していた。

 地球産生物となれば人類が食していた生物も存在するはずで、それらは必ずデータベースに登録されているはずだ。

 繁殖出来る生物であれば食料枯渇の心配もない。

 見慣れないものを食すのは少々抵抗があるものの、この状況ではそれが最善手と言えるだろう。


 流石博士だ。

 それに僕としても、研究者として何の成果も残さずに死ぬわけにはいかない。

 僕は博士の考えに異を唱えず、希望の光を瞳に宿して静かに頷いた。


「さぁ助手よ! 実験開始だ!」


 こうして、僕らの実験は始まった。




――しかし、その先に数々の困難が待ち受けていることを、この時の僕らはまだ知らなかった。



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