ジェームズ・バーキン

玖万辺サキ

バッドホップ

 私がジェームズ・バーキンという男の過去に興味を持ったのは、彼と一緒にある任務を遂行中のことで、我々は例によって厄介な問題に悩まされていた。

 例によって、というのは私たちに与えられる任務は主に計画性のない『結果が良ければ経緯は不問』なものだったからである。

 もちろん時間も場所もピンポイントで、きっちりと言われた通りの事だけこなす、という任務もある。だが良く言えば柔軟に、悪く言えば行き当たりばったりに仕事を進める我々には丸投げ形式のミッションの方が向いていた。結果を出せば同様の仕事を任される。気付けば我々にとって任務とは『一手進めるごとに生じる問題の塊』と同義となっていた。


 そんな訳で突発的なトラブルにはかなりの対応力があると自負していたが、その時の厄介事はかなり想定外だった。まだ完全には決着していないため詳細は伏せるが、我々が行っていたのはいわゆるおとり捜査で、ある凶悪な陰謀の黒幕が刑務所に収監されているはずの囚人であるという証拠を掴もうとしていた。【毒蛇に噛まれてその種を特定する】的な成り行き任せの作戦を進めるうちに『権利がクリアな未発表の楽曲』が必要になってしまったのだ。

 この展開にはさすがに参った。我々の属する組織は世界中で能力者をスカウトしている。この【能力】の前に省略されているのは『戦闘や情報収集に役立つ』であって『情緒を豊かにし感情に訴えかける』ではない。歌唱やピアノ演奏の能力は本部のデータベースには登録されていない。加えてこうした職業では素性を明かすような会話は控えるのが普通で、結果として作曲のように平和的かつ文化的な能力の持ち主を知ることは非常に困難なのだ。

 プランを変更するか? いや。進行は順調、切り戻すのは惜しい。ここは曲を用意する方がいい。だが組織内での調達は難しい。かと言って一般のサービスでは秘密の保持が難しい。しかも作詞作曲アレンジ一式で権利買い取りに加え超短納期では請け負う業者は限られる。料金もふっかけてくるはずだ。予算は? 既に大幅に超過している。もし要件を満たさないモノが上がってきたら? 修正する時間はない。何曲かまとめて発注しなければなるまい。ではプランを変更するか? いや切り戻すのは惜しい……。無限ループに終止符を打つようにジェームズが言った。

「俺がなんとかしよう」

 包帯でぐるぐる巻きにしたその顔からは表情は一切読み取れなかった。だがいかにも気が進まなそうな重い口調と、唯一外界と接している左目の光り具合から『調達は可能だがなるべく避けたい』手段であろうことは想像がついた。


 結果から言うとジェームズは見事に想定外の必要物資を調達し、ミッションは次の段階に進み、楽曲に絡む諸事情については『報告の義務なし』との連絡があった。彼は誰に何を語るでもなかったが、内心ホッとしたような様子だった。

 私はと言えば彼が先方と連絡を取り合う際に使っていた『DD』というハンドルネームが気になっていた。最初は自身のコードネームをもじっているのかと思った。ジェームズ・バーキンのコードネームは『ディベロッパー』で、私も公の場では彼を『ディヴ』『デイヴ』などと呼ぶことがある。だが発注先の相手はどうやら彼がこの仕事につくはるか以前からの知り合いのようで、だとしたらコードネームなど使う必要がない。本名を知っているはずだからだ。しかしそうなると今度は『DD』の説明がつかない。『ジェームズ・バーキン』には『D』が一つも使われない。色々と考え合わせた結果、以下のような仮説が導き出された。


昔ジェームズ・バーキンは音楽活動をしていて『DD』と呼ばれていた。


 これが本当だとすると実に興味深い。前途のように楽器演奏はレアな【能力】だからだ。私はジェームズから過去の話を聞き出すことに決め、相棒の労をねぎらうためと称して年代物のワインを用意した。ジェームズがどの程度アルコールに強いかは知らなかったが、私の好奇心を満足させるのに役立つ程度の効果はあるだろう。

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