番外編 港町に行こう!

「あ、ユッテ! 来週クラウディアとフォアムへの買い付けに行くけどお土産なにがいい?」

「あ?」


 朝食の皿を片付けていると、ルカが脳天気な顔で笑いながら言ってきた。フォアムとはここからずっと南の港町だ。


「クラウディアってあの……商学校の同級生?」

「うん、すごいんだ。一番の成績で卒業した後は頑張って家業を手伝って、ついに一番重要なフォアムでの仕入れを任されたんだって」

「へー……」


 何度か金の星亭うちに食事に来た事もある。茶色い髪に白い肌の美人だ。おっとりしたお嬢さんであたしとは正反対だなって思ったけど……。


「すごいだろ!」

「うん……」


 美人で育ちも良くてその上仕事もばりばりこなすのか……。あ、やだなこんな考え方。素直に頷けない自分にうんざりしながらあたしは黙々と皿を洗う。


「それで、僕も一緒にどうかって言われたんだよね。行きたい行きたいと思いながら忙しくて今まで行けてなかったから、この機会に行ってみようって。海だよ海! そうだ、ユッテには貝殻のネックレスとかがいいかな?」

「うーん、いらない」

「そう? じゃあ……食べ物がいい?」

「そうじゃなくてお土産はいらない。あたしも行く」

「えっ」


 ルカがその青い眼を見開いてこちらを見てる。そんなにびっくりしなくてもいいだろ。


「仕事はなんとかするよ。この頃みんな仕事覚えてきたし……なんだよ。あたしがいちゃ邪魔か?」

「ううん……ただ、ユッテが仕事を放り出すなんて……明日は雨かなって」

「なんだよそれ」

「でもそうだよねぇ……ユッテも海見たいよねぇ……」


 海はそんなに見たい訳じゃないけど。ただクラウディアと一緒なのが引っ掛かるからついて行きたいだけ。こんな事ルカに言ったら調子に乗りそうだから言わないけど。


「海、海って……。ルカなら海を越えてヘタしたら外国まで行きそうだったのにな」


 あたしはチラリと暖炉の上の宝石の嵌まった短剣を見た。これはまだルカが小さかった頃の活躍で領主様から貰ったものだ。あの頃のルカの行動力はすごかった。思いもかけない思いつきで周りを巻き込んで、色んな常識を変えてしまった。


「ははは、そんな事もあったね」


 ルカは照れくさそうに頭を掻いている。ルカは丁度この金の星亭の別館が軌道に乗った頃から大人しくなっていった。もちろん宿に対する情熱に変わりはないんだけど。


「今さらだけど、商業ギルドとかからも声かかってたろ? なんで断ったんだ?」

「うーん、自分のやりたい事がなにか考えた時にそれは違うなって」


 ルカは薄く笑いながらあたしを見てくる。


「僕のしたい事はね、家族とこの宿のみんなが笑顔でいてくれる事だよ。それが僕の幸せなんだ。だからその幸せの為に、僕は頑張れたんだと思う」

「そっか……じゃあさ、その夢叶ってるね」

「……うん!」


 あたしがそう言うと、ルカは顔をくしゃくしゃにして頷いた。


「海……楽しみだね」

「ああ、新鮮な魚が一杯食べられる!」

「本当に魚が好きだな、ルカは」


 そして週が明けてフォアムに向かう日がやってきた。みんなが出口で送り出してくれる。


「ユッテちゃん、ルカが迷子にならないようによく見張っててね」

「はい、ハンナさん」

「ならないよ! 子供じゃないんだから」

「お兄ちゃん、お土産忘れないでね!」

「はいはーい。じゃ、行ってきます!」


 あたし達はそっからディンケル商会に向かった。この仕入れ用の荷馬車でフォアムまで向かうのだ。


「あ、ルカくーん」


 クラウディアが手を振っている。あー……やっぱ美人だな。別にあたしだってブスじゃないと思うけどこう顔立ちがキツくて……。


「あ、ユッテちゃんにも紹介するね、こちら今回一緒にフォアムに同行します婚約者のロベルト」

「どうも、はじめまして」

「こ、婚約者……?」


 あたしはそれを聞いてずっこけそうになった。


「クラウディア、よかったね。初恋が実って!」

「うふふ。ほんとね」


 ほんのりと頬を染めて嬉しそうにロベルトさんの横に並ぶクラウディア。


「あはは……よろしく」


 あたしはそれを見てなんかいいな、と小さく呟いた。

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