7話 曇り空(後編)

「しかし……そちらに矛先が行くのを抑えられなかった。それは我々の落ち度です」


 そう言って、ジギスムントさんは再度頭を下げた。


「売店の開業申請はいつぐらいからあったんですか?」

「『金の星亭』の売店が軌道に乗った一年くらい前からですね。ずっと、まだ様子見だと回答していましたが……」

「それが今?」

「おそらく改装したのが気に触ったんだろう。被害については、大した事にはなっていない。問題はこれが続かないかだ」


 それまで黙って事の成り行きを見守っていた父さんがようやく口を開いた。


「その申請をした人の中に多分犯人がいるんだよね」

「ああ……恐らくな」

「こちらで把握はしていますから、一人一人聞いて回る事もできますが……おそらくはしらばっくれるでしょう」

「……嫌がらせを止める為に申請を受理する訳にはいかないんでしょうか」


 俺は専売特許状態の売店の経営と嫌がらせがエスカレートする事を頭の中で天秤にかけながら、ジギスムントさんに聞いた。ジギスムントさんも難しい顔をして考え込んでいる。

 ここで素直に申請を受理すれば脅しに屈したようになるし、このままはねつけ続ければギルドとうちへの鬱憤が溜まり続けるだろう。


「……条件付きでの申請認可……ですかね」


 葛藤しながら俺が絞りだした結論はこんなもんだった。


「差し支えなければ、他の宿の申請内容を見せて貰えますか」

「見る価値もありませんよ。『金の星亭』より集客があるから売り上げが見込めると……そんなものばかりです。問題はそこではないのに」

「うちでは市場より高値をつけて、商品も小分けにしたりして工夫しています」

「そう、極力市場への影響の出ないように『金の星亭』は配慮している。そうでなければ許可の取り下げも視野に入れていました。今だから言いますけどね」

「うーん……」


 チラリ、とある考えが脳裏を過ぎる。しかし、これはこっちの負担も商人ギルドへの影響も大きい。先日、俺は自分はこの世界の異物だって思った。ただそれは、ごく小さな変化でスラムの子供達の背中を押すくらいのものだったから。

 ただこれから口に出そうとしている事はきっともっと規模の大きな事になる。


「ルカ君、考えがあるならどうぞ」

「……もし、まずいと思ったら止めて下さい」


 そう前置きして俺は自分の考えを語りはじめた。――俺が思ったのは売店のフランチャイズ化だ。


「『金の星亭』には、さっき副ギルド長が言った市場への配慮の他にも今までの経験で冒険者になにがどれだけ売れるかと、どうしたら売れるかのノウハウがあります」

「そうですね。他の宿が一朝一夕には真似できないでしょう」

「いえ、真似して貰うんです」

「ほう……?」

「うちはそのノウハウを他の宿に提供します。でも無料ではありません。その分売り上げの何割かはいただきます」


 問題はここからだ。これだけだとしばらくすれば上前をかすめ取るだけだって他の宿も考え出しかねない。


「それから仕入れも一括で行います。売価はそのままですから利益は上がります」

「仕入れも一括で……」


 そこまでは静観していたジギスムントさんの目が細められた。こればかりは商人ギルドを巻き込んでおかないと後がややこしくなる。


「仕入れは、商人ギルド指定の商会から行います」

「ふむ……売店の数が今後増えることを嗅ぎ取った商会は真っ先に手を挙げるでしょうな」

「その辺はぼくたちではお手上げです、だから表に商人ギルドが立って貰わなくては」

「ではこうしましょう。『金の星亭』は商人ギルドに販売方法を教え、その手数料としてこのヘーレベルクの宿屋の売店の一割の売り上げを支払う」

「一割!? 多すぎませんか?」


 ジギスムントさんからの破格の提案に俺は思わずソファーから立ち上がった。


「元々、無策だった我々に落ち度もありますし……もうひとつだけそちらにお願いがあります」

「……? なんでしょう」

「月々の売り上げの数字の確認をルカ君にも一緒にやって貰いたいのです。うまくやるところとそうで無いところも出てくるでしょう、その問題点をルカ君なら分かるはず」

「……本気ですか」

「出来るでしょう? まぁ、学生の身で大変かと思いますが」


 多分出来る。立地と客数に対して売り上げが極端に良かったり悪かったりすれば言うとおりにしてなかったり手を抜いていたりするのは大体分かる。あとは商人ギルドの人に実際に確かめて貰えばいいだけの話だ。


「そのお話、『金の星亭』で承ります。……で、いいよね父さん」

「ん? ああ、しかし大丈夫かルカ」

「ちょっと時間は取られるけど、大丈夫だよ」


 少しだけ心配そうな父さんの腕を叩いて答えて、俺達は別室で契約の手続きに移った。特製のインクでスッスッと契約紋を刻んでいくジギスムントさんの手元をじっと見つめる。今までの契約と違い大きな紋章だ。


「上手だなぁ……」

「ルカ君、感心してないで内容に不備がないかきちんと確かめてくださいよ」

「し、してますよ……やだなぁ……」


 書かれた文様の内容は半分くらいしか分からないけど、ジギスムントさんはちゃんとしてるから大丈夫だろう、多分。


「ふう……臨時収入って事になるのかな? 厨房の改装もそう先の事じゃないかもね」

「あまり無理するなよ、宿の仕事はなるべくこっちでやるから」


 学校の前で父さんと別れ、ようやく騒動にケリが付いた。マネージャーみたいな思わぬセカンドワークを得てしまった訳だけれど……。


「なるようになれ、だ」


 これで俺が前面に出ないようにはなるべく出来たろう。俺の本業はあくまで『金の星亭』の息子な訳だし。教室に向かいながら、そんな風に開き直った。


「そうだ売店を設置する位置も指定して認可ださないと食い合うぞ……あとでジギスムントさんに言っとかなきゃ……」

「おい、ルカー。戻ってきてたのか」

「午後の授業がはじまるよ!」

「あ! ほんと!?」


 席に戻った俺にカールとマルコが声をかけるまで、俺はぼんやりと売店のフランチャイズ計画に思いをはせていたのだった。朝には今にも降り出しそうな曇り空はいつの間にか青空を見せていた。

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