18話 見上げる空は(後編)

 裏庭は、宿の表通りと違い手つかずの白い雪が積もっている。俺とユッテとソフィーは手分けをして、庭の端に植わっている木の根元に雪をかき集めていった。


「どんどん持って来て! ぼくらの頭より高くてもまだ足らないよ」

「なぁ、なんだってそんな押し固めてるんだ?」

「こうして固めてから、中をくりぬくんだ」


 集まった雪をドーム状に形作り、スコップでばしばし叩いて固めていく。しっかり固めないと作っている最中に崩れてしまう。三人の背丈を越える程の大きさになったところで水魔法で満遍なく水を振りかける。


「これで、周りが凍り付くまで一晩放置だ」

「えー、なかにはいるんじゃないのー?」

「今日は無理だよ、ソフィー」

「むー。おやつもってきたのに……」


 中でおやつを食べるのを期待していたソフィ-が頬を膨らませる。とはいってもな、ここで手を抜いたら崩壊するんだぞ。出来上がったかまくらはしばらく庭に置いておくつもりだし、しっかりとしたものを作りたい。


「あ、そうだ! ソフィー、いい方法があったぞ。手袋と熱石を持って来てくれよ」

「それをどうするの?」

「夏にやったみたいに熱石で凍らせてしまえばいいんだ。これならすぐ出来る」

「やったー! おにいちゃん、待っててね!」


 ソフィーは屋根裏部屋に駆け上がっていき、熱石と手袋を持って来た。凍傷にかからないように厚い皮の手袋をはめて、かまくらの表面をなぞっていく。うーん、カチカチだ。これなら崩れないし、しばらくは溶けないぞ。


「おい、ルカ……」

「なんだよユッテ」

「これ、どうやって中を掘るつもりだ? ガッチガチだぞ」


 ユッテがふんっと力をこめてスコップを突き立てたが、表面が少し削れただけだった。しまった、固めすぎてしまったかな……。


「あー、じゃあスコップじゃなくて溶かして穴を開けるよ。ロッドを持ってくる」

「ルカ、ロッドって……火魔法を使う気か!? 怒られるぞ」


 そんなに大げさな魔法を使うつもりはないけど、ロッドがあった方がコントロールがしやすいんだもの。安全策のつもりだよ?

 とはいっても着火用の灯火以外の街中での使用は火事の心配から制限されている。周りを見渡して、人気がないのを確認してから……俺は小さくて勢いのある火……ガスバーナーをイメージした。

 手にしたロッドの先から火が噴き出す。噴きだした炎がかまくらの表面を溶かしていった。


「いいぞ、いいぞー」


 そのまま彫刻のように炎で削っていき、中をくりぬく。おしゃれに小さなテーブルと、スツールも中央に作ってみた。前に氷で出来たホテルというのを雑誌で見た事がある。たしかこんな感じだった、と思う。


「出来たっ! 完成!」

「やったー!」


 天井からとけた雪がたれてくるのが収まると、俺達は熱した熱石を詰めた火鉢もどきとお茶とクッキーを持ち込んだ。外だけど、外じゃ無い。白い雪に覆われた不思議な空間。マフラーに覆われていない頬はひんやりと、でも火鉢もどきを置いた足下はほんのり温かく、熱めに淹れたお茶が舌を焼く。


「ふう、ふうーっ」

「ソフィー、どうだい?」

「うふふ、ないしょのおへやみたいでたのしい!」


 秘密基地か。子供の頃俺も造成地の片隅に友達と作ったな。あんな感じか。しかし、このおこもり感はなんだか落ち着く。


「それにしても……もう冬休みも終わるなぁ」

「学校はどうだ、ルカ」

「思ったのと違うところもあるし、新しいことを覚えて楽しい時もあるし……」

「行って良かったか?」


 ユッテの紫の瞳が俺を見つめている。日の傾きはじめたかまくらの中にいるユッテはその灰色の髪の色もあって雪から抜け出してきたようだ。


「うん、特に友人が出来たのが大きいな。一番期待していなかったけど」


 俺は当初は金貨十枚支払って、この世界のこの街の商売の知識を囓るだけのつもりでいた。でも……バザーをきっかけにクラスのみんなと馴染んでから考えが変わった。商学校は小さなヘーレベルクの経済の縮図なんだ。俺は今、そのただ中にいる。


「ユッテには負担をかけてるね」

「気にすんなっていったろ?」

「そうだけど……ほらすぐにユッテはがんばっちゃうだろ」

「それの何が悪いんだ」


 ユッテにはまだ分からないのかもしれない。もしかしたら今、うちで働いている事が楽しくてたまらないのかもしれないけど。


「時には遊ばなきゃ。ほら」

「なんだ?」


 冬の短い日が暮れて、俺の指さす先には一番星が輝いていた。


「おほしさまだー」


 かまくらを飛び出したソフィーが空を見上げる。赤と紫、紺色……刻々と姿を変える空の色。


「こんな風に空を見上げる余裕がないと、味気ないよ」

「ちょっとだけ……それは分かる」


 俺の言葉にユッテは小さくうなづいた。俺達は日が暮れて星が次々を瞬きはじめるのをじっと眺めていた。




「ホットワインのおかわりをくれ、ぼうず」

「はいはい」


 出来上がったかまくらの最初のお客さんはゲルハルトのおっさんだった。結構好奇心旺盛なんだよな。厚着をして氷のスツールに腰掛けて、熱いホットワインを干し肉をつまみにして啜っている。ここに日本酒があれば温泉宿の露天風呂のような……。


「ああ……ゲルハルトさん、ぼくいいこと考えたからちょっと待ってて」

「ん? ああかまわんが」


 俺はたらいにお湯を準備してかまくらまで運んだ。露天風呂は出来ないけど、これなら。


「靴をぬいで、ここに足を入れてください」

「お? おお……。あ、あっついな」


 ゲルハルトはブーツを脱ぐとたらいに足を浸した。足湯だ。足元があったかければちょっとそれっぽいだろ。


「なんか変な感じだな。頭は冷えているのに下はあったかくてよ」

「でも気持ちいいでしょ?」

「ああ。……坊主はなんだか色んな事を考えるなぁ」

「もう、性分みたいなもんです」


 本当にそれだ。『金の星亭』の為になることは何かってのが常に俺の頭のどこかにある。ユッテの事は笑えないかもしれないな。でも……俺とルカの約束のようなものだから。


「なぁ、坊主……ルカよ」

「はい?」

「マクシミリアンはこう、不器用だしよ。ハンナはどっかぬけてるし……。いや、そこが俺にはいいんだがな」


 全く否定できないな。ゲルハルトのおっさんはホットワインを一口飲み、大きく息を吐いた。吐いた息が白く漂う。


「この宿を……頼むな」

「え? はいもちろんです!」


 おっさんをはじめとしてお客さんにとってもこの宿は大事な場所だ。きっと……みんなの居心地の良くて気分良く過ごせる、そんな宿にきっとしてみせるよ。

 ゲルハルトのおっさんと見上げた夜空には雲ひとつ無く、満天の星空が輝いていた。

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