17話 見上げる空は(前編)
数日続いた雪は、ようやく落ち着きはじめていた。この雪が溶ければ春がやって来るんだなぁ。ヘーレベルクの冬は静かに、ゆったりとした時間が流れていた。
「おーい。お茶を貰えないかな、ルカ君」
「あ、はい。お菓子もありますよ。リタさんが蜂蜜入りのクッキーを焼いたんです」
「おお、小腹も減ったしそれも貰おうかな」
食堂で暖炉の火にあたりながら、休日を漫喫しているのはヘルマンだ。彼がここに泊まりはじめて一年以上がたったな。
ヘルマンの前に茶器を並べ、学校で習った作法の通りにお茶を淹れる。その姿をヘルマンはぼんやりと眺めていた。
「なんだかお貴族様にでもなった気分だな」
「大げさですよ」
うん、今度はこれをラファエルに見られても問題ないだろう。お茶っ葉は安物だけど、きちんと淹れたお茶だ。それにリタさんの特製のクッキーを添えて出す。
「うむ、美味い。温まるな」
クッキーをお茶請けにしながら、がたいのいい男が心なし背筋を伸ばしてお茶を飲んでいるのはどうもおかしな光景だな。
去年はここにエリアス達がいた。彼らは今どうしているのだろう? フォアムには無事着いたのだろうか。……手紙を出すよう頼めば良かったな。
「そういやヘルマンさんは、冬はどう過ごしてるんですか?」
「たまに狩りに出て、小遣い稼ぎをしたらあとはのんびりかな。ここんとこ、忙しくしすぎてたしな」
「それもいいと思いますよ」
欲しい装備があるから、と節約の為に彼はこの宿に移ってきた。この様子だと目標は達成したみたいだ。たまにはゆっくりするのもいいだろう。
「ルカ! 雪かきを手伝ってくれ」
「はいはーい」
薪の爆ぜる音を聞いていたら、なんだか眠たくなってきた……なんて思っていたら表にいたユッテから声がかかった。もてなすこっちはゆっくりはできない。
やれやれ、とぼやきながらスコップを片手に宿の外へと向かう。
「あー、おにいちゃーん」
「ソフィーも手伝ってたのか、ごめんな」
宿の表通りではユッテとソフィーが雪をかき集めていた。馬車の轍の他は雪がつもり、通行人に踏み固められた雪が氷のように固い。それを歩きやすいように端っこに集めていく。これだけ雪があると、あれがやりたくなる。
「ほらソフィー」
「なーに?」
「うさぎ!」
汚れてない雪をぎゅぎゅっと手で固めて葉っぱをつけてソフィーにあげた。目にする木の実が通りにはないから何コレって言われてもまぁしかたないか。
ソフィーはほう、とそれを眺めると自分でもなにか作り始めた。丸めた雪玉をポンとくっつけると俺に見せてくる。
「これはなぁに?」
「おにいちゃん!」
「ぼく……か……」
気持ちはきっとこもっているのだろう、クオリティがちょっとアレなだけで。
「どうせなら大きいの作ろう」
「わーい! ほんとに?」
手元の雪玉を転がして大きくしていく。せっかくだもの雪だるまにしてやろう。俺とソフィーがころころ雪玉を大きくしていると、俺の頭に雪玉がぶつかった。
「あ、痛! 何するんだよユッテ」
「遊んでないで、さっさと仕事を進めろよ」
「はーい……」
本当に、この……子供のくせに仕事人間め! 俺とソフィーはとぼとぼと道の氷をガリガリと削る作業に戻った。
「そういや、裏庭の雪もなんとかしないとね」
「うん、表が綺麗になったらそっちもやんなきゃだな」
せっせと体を動かしていると雪の中だというのに汗をかいてくる。頬と鼻を赤くして俺達は雪かきを続けた。
「あー、そうだ。裏庭なら邪魔にならないし『かまくら』を作ろう」
「『かまくら』?」
「雪で出来た……家だよ」
「そんなもん作ってどうするんだ?」
「中でお茶を飲んだり、おしゃべりするんだよ確か」
千葉じゃたいして雪は積もらない。テレビで見たことがあるだけだけど。いいじゃないか、火鉢にみかんにお茶。いかにも冬の風物詩って感じだ。火鉢はないから熱石をまとめて壺にでも入れて、リンゴかさっきのお菓子を持ち込んでお茶だ。
「なんでわざわざ外でお茶を飲まなきゃならないのさ」
「ロマンってやつだよ」
「ふん、ロマンで腹はふくれないだろ」
そうつまんない顔するなよ。ユッテは食うや食わずの時期があったせいでやっぱり未だに「屋根があれば上等」って思っている節があるけど、『金の星亭』はサービス業だ。
「いや……ふくれるかもしれないぞ」
「お茶で?」
「違う違う、面白いものがあればお客さんに楽しんで貰えるだろ。そしたらまたうちに泊まって貰える」
「そうかぁ?」
他との差別化は大事だ。冬の
ま、みんなでかまくら遊びをしたいってのが一番だけどな。あれから父さんと母さんと交互にスキマ時間を剣だの魔法だのの稽古に奪われて冬休みだというのに俺はちっとも休んでも遊んでもいない。
「ま、どっちにしろ裏庭の雪かきもするからいいか」
「よっし。じゃあユッテ、ソフィー裏庭に行くぞ!」
「おにいちゃん? なーに? なにするの」
「ソフィーはびっくりするぞー」
「えー?」
表の雪かきを終えた俺達は意気揚々とスコップを担いで裏庭へと向かった。
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