14話 魅惑のアレ
「はぁ……まったく」
お客さん達の協力も得て、なんとか迷惑な親子二人を泊まっていた部屋のベッドに放り込んだ後、俺はふにゃふにゃと階段の途中に座り込んだ。
「大丈夫かぁ、坊主。いやー貴重な経験をしたなぁ。副ギルド長を担ぎ上げるなんてよ」
「ゲルハルトさんは前向きだね……」
俺はとことん後ろ向きだ。親子喧嘩にケリのついたのは良かったけれど、折角の名物候補のお目見えがそれどころではなくなってしまった。なんだか締まらないスタートダッシュだ。本日は無料サービスってしたけどあの騒ぎでほとんど試食して貰ってないし。明日の夕刻にまた仕切り直しだな。
「……ところでよ、こいつはどうすんだ? おーい……マクシミリアン」
「ゲルハルトさん! いいわ、もうその人は放っておいて!」
「ハンナぁ。この冬場に転がしておいたらさすがに風邪引くだろ」
それに母さんのご機嫌も斜めだし、父さんは起きないし。っていうか起こさなくちゃ。水でもぶっかけるか? あ、あれだ。前にユッテと実験したあれをやろうかな。ほら、速攻ボツにされた人間洗濯機。
俺はてのひらに水球を作り出すと、父さんの顔に近づけて激しく回転させた。飛び散った水が顔に当たるとピクリ、と父さんは動いた。
「ほいっ……うーん……起きないなぁ」
「……ぶはっ!!」
「あ、起きた」
そのまま父さんの頭ごともみくちゃにしてしばらくすると父さんが勢い良く顔を上げた。
「何してるの、ルカ! お父さん死んじゃうわよ!」
「……ルカ、お前か……あ、痛たたた……」
母さんがびっくりして駆け寄ってきて、父さんは頭痛で頭を押さえた。えーと、出したはいいけどどうしようこの水は……。
「お前、乱暴な事するなぁ」
半笑いでぼやきながらもユッテがバケツを持って来てくれた。そこに水を放り込みながら、父さんに声をかける。
「父さん大丈夫?」
「死ぬかと思ったが……ハンナに雷を落とされた時の方が効いたな。すまん」
母さんの雷……は比喩ではなく本当の雷かな。そう思ってふいっと母さんの方を見ると母さんは拳を握りしめて怒鳴った。
「あなたたち! もう遅いから寝なさーい!!」
「はいっ!」
こっちは比喩の方の雷だ。その声に俺と父さんとユッテは慌てて屋根裏部屋に駆け上った。はぁ……本当にクリストフさんがやって来ると碌な事がない。
「すまんかった!!」
「あの……もう大丈夫ですから……でもお酒はほどほどにして下さいよ」
「分かってはいるんだがなぁ……」
「もう! 反省する気あるんですか?」
「うう……」
翌朝、起きてきたクリストフさんとアレクシスは揃って深々と頭を下げた。まだ大分酒臭い。母さんのご機嫌は一晩経っても直らずお小言を言い始めた。華奢な女性に説教をくらう二人の姿はなんとも情けない。
「母さん、それくらいにしてあげなよ。ほら朝ご飯食べて下さい」
「む……いや……飯はちょっと……」
二日酔いでグロッキーか。仕方ないので二人には厨房にあった果物を搾ってフレッシュフルーツジュースを作ってやった。コレ飲んでシャキッとするといいよ。
「はぁ……そういえば、親父と同じ部屋で初めて寝たな」
一気にジュースを飲み干したアレクシスがぽつりと漏らした。
「そうだっけな?」
「親父、すげぇいびきだったぞ。お袋と部屋を分けた方がいいんじゃないか」
「なっ!」
……クリストフさんとこの夫婦仲は良好のようだ。うちも寝室一緒だけどね。思春期まっさかりのアレクシスからの指摘に父親の方はジュースを吹き出しそうになっていた。
ちょっとずつでいいよ。こんな他愛のないやりとりをふたりには続けて、互いの理解を深めていって欲しい。
「さって! お二人には迷惑料を払って貰いましょうか!」
「えっ!?」
「……何? その顔」
けっ! 親子そろって鳩が豆鉄砲食らったような顔しやがって。こっちは商人ギルドの人間な訳だ。損得に関してはシビアなんだよ。
「そんな無茶言わないよ」
「……本当かぁ?」
非常に疑わしげな顔のアレクシス。ラファエルの事があったから余計に信用が無い気がする。
「昨日食べて貰ったソースの宣伝をして貰いたいんだ。特にクリストフさんに」
「……俺か?」
「食べてどうだった?」
「……うまかった……ような気がする」
ダメだこりゃ。帰るまでにまた味見させないと。二人にはこの宿の外での新製品の広報を担って貰う。この世界は口コミがほぼすべてだ。うちに来るときはただの酔っ払いだけど、仮にも冒険者ギルドの副ギルド長がおすすめともなれば……そこそこいけるんじゃない?
「まぁ……それくらいなら。迷惑をかけたしな」
「俺も、冒険者の時の知り合いにあったらすすめておくよ」
「よし、これで解決だね!」
貸し借り無しの気持ち良い関係へ戻ろう。俺はニッコリととっておきの笑顔を浮かべた。
「……しつこい様だが本当にマクシミリアンの息子なんだよな」
「んもー、そうですよ! ほら! 髪質とかそっくり!」
「そういうこっちゃなくてだな……」
もう知らん、と呟いてクリストフさんは眉間を押さえた。ふん、俺もそのうち父さんみたいなガチムチマッチョになるんだ。今は……実はほんのちょっとだけユッテに背丈が負けているけど。ほんのちょっとだぞ!
それから、夕刻に試食会をしてみたりして次の日にはお客さんから注文を貰ったりした。やっぱり好評だけど、外部からのお客さんの呼び込みには成功していなかった。
クリストフさんとこの効果が現れたのは……それから数日後の事だった。
「ぼうや、あの……アレはあるかな?」
「アレ?」
「ほら新しい料理があるって聞いたんだが」
「あ! 本日のロースト金の星ソース添えですね!」
泊まり客ではないお客さんが現れた時に、俺は感動で震えた。そのお客さんは恐る恐るソースのかかった肉を一口、口にするとうんうんと頷いてパクパク食べすすめた。良かったー! 気に入って貰えたみたいだ。
それからポツポツとこの料理を目当てのお客さんが来てくれた。この調子で余剰金を貯めて他の箇所の補修をすすめるぞ! ……そう単純に最初は喜んでいたのだが……。
「
「……
「君、
「はい、
なんだってみんな揃って「金の星ソース」の事を
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