15話 白い試練(前編)
「うっわー!」
朝目覚めて、妙な静けさに窓を開けると一面の雪景色となっていた。昨夜からの雪は一晩で街の景色を替えてしまった。雪は降り続けて、強い風に舞っている。ほとんど吹雪じゃないか。こりゃ、今日はお客さん達は宿から出ないな……そう思いながら一仕事を終える。夕食の仕込みは多めにした方がいいんじゃないかと母さんの姿を探して厨房に向かう。
「ルカ、ちょっといいか」
「ん? なに?」
「今日こそ剣の稽古をして貰うぞ」
「い、いや……これからちょっと……出かけるから……」
「この雪の中でか」
はい、嘘です。一歩も出る気はございませんでした。この吹雪ですもんね。俺は為す術も無く父さんに裏庭に連行されていった。
「ルカ! もっと足腰を踏ん張って立て」
「父さん! 無理だよ!」
木剣を構えるも、新雪に足を取られて立つどころではない。父さんの檄に答えるだけで、口の中に雪がバンバン入ってくる。父さんのアホ! なんでこんな日に剣の稽古なんだよ。……俺が逃げ回っていたからか。
素振りを続けてもぜんぜん体は温まらない。手はかじかんで感覚が無い。風邪ひくっていうか、死んでしまうかもしれない。なんで父さんは平気な顔をしているんだ。左半身に雪が積もっているのに。
「……っ!」
半ば呆れて見ていると、突然父さんが動いた。手にしていた棒きれで左から飛んできた何かをはたき落とす。ゴロゴロと地面にころがり落ちたのは……人間!? っていうかフェリクス!
「あー、今日ならいけると思ったんだけどな」
「何してるんだよ、フェリクス。こんな日に!」
「こんな日だからだよ。客も来ないし、この視界なら師匠から一本とれると思ってさ」
そんなフェリクスは全身白の服に身を包んでいた。ご丁寧に帽子まで白いのを被って黒髪を覆っている。雪中迷彩服かよ!
「父さん、素振りならちゃんとやるから部屋の中でやろう……」
ガチガチと歯を鳴らしながら、訴えてやっと屋内に入った。お客さんが部屋に引っ込んでいるのを良いことにテーブルを寄せてスペースを作る。
「あ、ちょっと待って」
俺が木剣を持ち直すと、フェリクスはモゾモゾと間抜けな白い衣装を脱ぎ始めた。
「よくもまぁ、そんな事ばかり考えるよ」
「しかし、悪くない手だ」
「父さん」
「魔物にルールなんて通用しないからな。使えるモノは何だって使えば良い。ただし……」
そう言いながら父さんはフェリクスに木剣を投げて寄越した。
「基本が出来てからだ」
そうしてまた、去年のようにひたすら素振りが始まる。おお? 去年のようにフラフラしない。俺の体が成長したからか……しかし、目を見張るのはフェリクスの成長だった。
振り下ろす木剣の軌道は真っ直ぐで力強い。去年はもっとたどたどしかったのに。
「フェリクス……上手になってない?」
「へへへ……素振りは毎日かかしてないからな。それに俺は毎日パンをこねているんだぜ」
ぐいとまくった腕には力こぶが出来ていた。パン屋恐るべし。あとフェリクスって結構真面目だな。ストレス発散に気が向いた時にしか剣を振ってない俺と違って毎日か……。
「なーにやってんだ、お前等」
洗い物を終えて、厨房からユッテがやってきた。丁度良かった、父さんとフェリクスを止めてくれ。
「丁度良かった」
ん? 父さん? 俺の頭の中を読んだのか? そう思って父さんを見るとうっすらと笑みを浮かべている。ううん、これは違う。
「ユッテ、ルカの稽古相手をしてやってくれ」
「うええ?」
「フェリクスとお前じゃ体格が違いすぎるだろう」
父さんはそう言って、ユッテに木剣を渡す。それを受け取ったユッテはちょっと戸惑ったような顔をして父さんを見上げた。
「いいんですか? 手加減とか苦手ですけど」
「かまわん」
かまうよ! 大いにかまう! 体格はほとんど一緒だけど、体力はユッテの方が上だもん!
「それじゃあ、ルカ行くぞ」
「き、着替えたりしないでいいの?」
「いいさ、それ位」
良い感じのハンデってか。ユッテはスカート姿のまま木剣を構えた。父さんが教えた綺麗な構えではない。肩に担ぐように構えて、俺を見据える。
「来るか? こちらから行くか」
「ユッテ、よそうよ!」
「聞けない相談だね」
ユッテはそのまま斜めに木剣を振った。慌てて手にした木剣を叩きつけて軌道をそらす。危ない、顔面に直撃するところだった。すんごい本気じゃないか。
「まだまだ、それっ」
「わっ、わっ、わっ!」
続けてユッテは剣を振り回した。無茶苦茶なようでいて、えぐるように四方八方から攻撃が飛んでくる。……これがユッテのやり方。彼女の剣。
「どうした! このへたっぴ」
「ちゃんとやってるよ!」
俺はすんでの所で躱し、なんとか木剣で受け止める。一方的に追い詰められている状況だ。くそっ、これでも男のプライドというもんがあるんだ。何とかユッテに一打を入れようと剣を振り上げたその時。
「やっ!」
「……ぐえっ!!」
大振りの構えの隙だらけの胴体にユッテの木剣が食い込んだ。そのまま俺は後ろに転がって、置いてあった椅子にぶつかった。派手な音が食堂に響く。
「大丈夫か、ルカ!」
「うえ……」
「ごめん、勢いがついちゃった」
フェリクスとユッテが駆け寄ってきた。その後から父さんがゆっくりと近づいて来るのが見える。
「ルカ、息は出来るか」
「う、うん……あー痛たたたた」
ユッテに木剣でぶん殴られた腹が痛むが呼吸は出来る。骨がどうこうはしてないみたいだ。よろよろと背中に転がっている椅子を起こそうとした。が……。
「あーーーー!!!!」
「どうしたルカ? あたし、やりすぎたか!?」
「椅子が壊れてる!!」
俺がぶつかった椅子の脚が……ポッキリと折れていた。はぁぁぁ……! 宿の設備が!!
「あなた達!! なにやってるの!!」
ドタバタ大騒ぎをしていた俺達にカミナリを落としたのは母さんだ。ひぇっ、怒られる!
「ルカ、大丈夫?」
「へ、あ……うん」
ゲンコツでも食らうかと思ったが、母さんは俺をぎゅっと抱きしめた。そして父さんを睨み付ける。
「マクシミリアン! ルカは魔法の方が得意だって言ったでしょ! それなのにこんな無茶させて」
「いや……その、それはお前が言ってるだけじゃないか」
「そんな事ないわよ! ね、ルカ? あなたは魔法の方が得意よね」
「ど、どうだろう……そうかもしれないね……」
母さんの顔が怖いので馬鹿みたいに俺は頷いた。それを見た母さんは、満足そうな顔をすると俺の頭を笑顔でこう言った。
「……明日は、母さんと市壁の外に魔法の練習に行きましょうね?」
「ふえっ!?」
冗談でしょ! 吹雪は止んでるかもしれないけど、大雪だよ!? しかし、母さんはしっかりと俺を抱きしめたまま離さない。
「いいわね、マクシミリアン?」
「う……まぁ、かまわんが……」
「あと、その椅子すぐに修理に出してきてくださいね?」
「ああ……わかった……」
父さんはしょんぼりと、吹雪の中バスチャンさんのところまで椅子を抱えて行くことになり、俺は……抵抗も出来ず、母さんの腕の中でぐったりとするしかなかったのだった。
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