12話 覚悟のすすめ(中編)

「ルカ! 早く料理を運んでちょうだい!」


 はらはらしながらアレクシスと差し向かいに座る父さんを見守っていると、厨房にいる母さんがカウンターから身を乗り出して俺を呼んだ。いけない、料理の注文をすっかり忘れていた。


「ごめん母さん……」


 スープと肉のローストをアレクシスのテーブルまで持っていく。あ、あとエールもお代わりだっけ。


「親父さんには何も言わずに出てきたんだな」

「もちろんです」


 父さんはそんな事を聞きながら、アレクシスが答えるのを淡々と聞いている。料理を並べてる間も、深刻な空気が流れていた。なによりアレクシスが背を丸めて小さくなっている。教室じゃ、一番年上で体格もいいしフォローが上手いくていつも頼りにされている分……随分子供っぽく見えた。


「アレクシス、とりあえず何か食べなよ。あと、これお代わりのエール」

「ありがとう、ルカ」


 食事に手を付けはじめた彼だが、その顔は浮かない。そうだ……。俺はローストの横に本日お目見えの金の星ソースをスプーンですくって添えた。


「これ今日だけのサービス。お試し用だから無料ね」

「お、おう……。うん、うまい。ん? でも何か……」

「気づいた? アレクシスと行った屋台の隠し味の調味料をさ、クラウディアのとこで探して手に入れたんだ」


 友人を励まそうと明るく俺は言ったつもりだったが、それを聞いたアレクシスはクシャクシャと顔を歪ませた。今にも、泣きそうに。


「……ルカ。お前はいいな……」

「なんだってんだよ。しっかりしなよ」


 お前、冒険者ギルドを変えるんだろ。その為に進学したって言ったじゃないか。そんな気概があったから、俺は一番はじめにアレクシスと友達になったんだ。俺が言葉を続けようとした時、父さんが呟いた。


「窮屈なんだろう」

「……そうですね。街を出ようにも手続きの間に親父に連絡が行くだろうし、どこにも行けない」

「その気持ちは俺も……少しは分かるつもりだ」

「ああ……」


 アレクシスの視線は一階の大窓の星の彫刻に向けられている。かつての大クラン『金の星』のシンボル。そうか、父さんも自分の父親が大物だったから……。


「クリストフと同じ方向を向く必要はないぞ。だが、逃げてもなんにもならない」

「……分かっています。けど……時々自信が持てなくて」

「……自信? 冒険者ギルドを変えられないかもって? そんなのやってみないと分かんないじゃないか」


 一つの方法が失敗したら、また別の方法を試せばいい。俺だって成功だけしていた訳じゃないし。


「ルカ、宿を継ぐ以外の将来を考えた事はあるか?」

「うーん……全く無い訳じゃないけど」


 学校に行き始めたとき、家族が食っていけるならなにも宿屋にこだわらなくたってと考えた事もある。父さんの思い入れのある『金の星亭』をそう簡単に手放す気はないけど。


「俺が冒険者ギルドを変えたいって考えているのも、本当に『俺の考え』なのか……分からなくなる事があるんだ」

「……どうしてそんな風に思ったの?」

「ただの親父に負けたくないって意地なんじゃないかって思ってきてしまって」


 そう答えたアレクシスに、父さんは一言こう言った。


「勝つも負けるも無い。お前はお前だ」


 そして片頬をつり上げると付け加えた。


「この歳になってやっと分かった答えだ。聞く価値はあると思うぞ」


 アレクシスはこくりと大きく頷いた。さっきよりは晴れ晴れとした顔つきになっている。話を聞いて貰ってすっきりしたみたいだ。


「ルカ、お前もだ」

「ぼく? 父さんの顔色を窺って嫌々やっているように見える?」

「……見えないな」


 父さんの漏らした呆れた声に、横で聞いていたアレクシスが吹き出した。


「ルカ、お前家でもそんなのなのか」

「どう言う意味だよ! ところで……なんで家出までしたの? 話くらいならいつだって聞くのに」

「う……それが……。冬休みに入ったろ? いつもの説教に加えて、剣の稽古にまで付き合わされてさ」

「体がもたないね……」

「実は昼間は昼間で、図書館に通っているんだ」


 次はルカに負けられないからな、とアレクシスは言った。剣の稽古、と聞いて父さんがハッとした顔をしたのを見なかった事にしつつ……家が休まらないのはキツいだろうと思った。


「いつまで経っても、クリストフさんは納得しないの?」

「親父の考えはまず、冒険者としての実力をつけろって事なのさ……」


 そう言いながら、アレクシスは遠い目をした。あの熊男の納得する実力がいかほどか、想像するだに恐ろしい。


「俺はそれじゃ遅いと思っている。……それに俺はあんまり冒険者として名を上げるのに興味がないんだ」

「ま、それなら商学校には入らないよね」

「俺が小さい頃は、親父は殆ど家に居なかったしな。それよりも、ギルドの運営を良くしていく方に興味がある」


 どうにも分かって貰えないけどな、とアレクシスはフウッと息を吐いた。すると、しばらく黙っていた父さんがおもむろに口を開いた。


「クリストフの言う事も一理あるな。お前も知っているだろう……冒険者達を束ねるのがどんなに力業か」

「うちのお客さんも馬鹿みたいな理由で喧嘩をはじめるもんなぁ……」


 ほんのちょっと皿の盛りが良いとか、つま先がぶつかったとか……そんな時はうちでは父さんの出番だ。


「しかも、だ。お前がギルドの職員として入ったら周りは必ず色眼鏡で見るだろう。あの副ギルド長の息子だ、ってな……その覚悟は出来ているか」


 父さんは静かに、しっかりとアレクシスの目を見ながらそう言った。父さんも、同じ様な立場だったんだ「化け物のような」と言われる父親の背中を追いかけてがむしゃらに走り続けた結果……左手を失った。


「出来てます。だから……俺は、知識という武器を……持ちたいんです」


 アレクシスもまた父さんを真っ直ぐに見つめて、力強く断言した。


「それをちゃんとクリストフさんに分かって貰わないとね」

「ああ……」

「どうせ、そのうちこの居場所をかぎつけてやってくるだろうさ」


 父さんが宿の入り口に視線を移すと、勢いよく扉が開いた。


「おい! マクシミリアン!!」

「ほらな」


 噂をすれば影。とうとう、冒険者ギルドの副ギルド長、クリストフさんのお出ましだ。

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