6話 体験☆金の星(前編)

 ――ガヤガヤと喧噪に包まれた『金の星亭』のいつもの朝の風景。冒険者達は慌ただしく朝食を腹に詰め込み、迷宮ダンジョンでの依頼をこなしに冒険者ギルドに向かって宿を出て行く。雪が降る前の冬ごもりの最後の一稼ぎに皆、余念が無い。

 お客さん達の去ったテーブルを片付けてから、俺達も朝食にありつく。パンをがっつきながら、温かいスープをお椀ごと抱えて飲み干していると母さんから注意された。


「ルカ、きちんとスプーンを使いなさい」

「う……ごめんなさい」

「へへへ、怒られてやんの」

「怒られたー!」


 ユッテとソフィーにはやし立てられた俺は、気まずく頬を掻いた。なんだか気が急いてソワソワ落ち着かないもんだから、お行儀がどっかいってしまった。

 今日から学校は冬休み。ラファエルがキチンと約束を守るなら、そろそろここに来るはずだ。家族達には話は通してあるけれど、応対はやっぱ俺がやんなきゃ。


 その時、窓の外から車輪の音がした。そしてドアが叩かれる。――来た!!


「どうも……」

「いらっしゃい!」


 扉を空けると、不機嫌そうなラファエルが馬車を背に立っていた。


「馬車で来たの? 大した距離じゃないのに」

「……寒いから」

「ま、いいや。家族を紹介するからこっち来てよ」


 俺はラファエルの手を引いて、厨房へと向かった。緊張した面持ちで勢揃いしたうちの一家を前に、ラファエルは一礼した。


「ラファエル・エーベルハルトです。二日間、お世話になります」

「ルカの母のハンナです。お手伝いをしてくれるんですってね。よろしくお願いします」


 母さんはいつもの柔らかい笑顔で、ラファエルを出迎えた。

「で、こっちが父さん」

「は、初めまして……」


 父さんが会釈すると、ラファエルはびくっとした。父さんを初めて見た人のリアクションは大抵同じ様なものだな。


「怖いのは顔だけだから! それから妹のソフィー」

「……」


 いつもは愛想のいいソフィーは無言でラファエルを見つめた。妹、と聞いたラファエルの口元も引き攣っている。


「おにいちゃんがクッションをこわしちゃったんだってー?」

「ごめん……その……」

「あーあー! 大変だったのになー! がんばったのになー!」

「ソフィーその辺にしてやりなよ、わざとじゃないんだから」


 今回、ラファエルに『金の星亭』の手伝いをさせる事になった訳だが、その理由について俺は少々ぼかして家族に伝えていた。故意ではなく、事故で破損してしまったのでお詫びにお手伝いがしたいとラファエル自ら申し出た、という形にしたのだ。

 心配をかけたくなかったし、なにより悪意でクッションを破られたとソフィーに伝えるのは忍びなかったんだ。

 えっ、という顔をしているラファエルに俺は「そういう事だから」と小さく耳打ちをした。


「あと、ユッテ」

「……ルカのお姉さん?」

「いや、ユッテは……ユッテだよ」


 ――妙な空気が流れた。でも、そうとしか言いようがないじゃないか。寝食を共にしている家族なだけに、従業員ですって言うのも何だか違うと思うし。


「どうも弟のルカがお世話になってます」

「ユッテ!」

「お姉さんじゃなかったのか」

「うーん、血は繋がってないけど、家族だよ」

「ふむ……」


 ラファエルはわかったようなわからない様な顔をして頷いた。


「とにかく、仕事は沢山あるから! 手荷物と上着を置いて早速始めよう!」

「分かった」


 まず、手始めにラファエルにやって貰うのは皿洗いだ。朝食を終えて、汚れた皿が厨房の洗い場に満載になっている。身支度を終えたラファエルに俺はたわしを放り投げた。


「じゃあ、まず皿洗い! こっちのたらいでざっと洗って、こっちですすぐ!」

「あ、うん」


 俺とソフィーとラファエルで並んで、皿を洗い出す。ユッテはその間に客室の掃除へと向かった。ジャブジャブと水をはねながら皿を洗っていく。


「うう……冷たい」

「そうだねー! つめたいよねー」


 冬の水の冷たさに不満を漏らしたラファエルだが、ソフィーに嫌んなっちゃうよね。と当然の様に返されて黙ってしまった。

 洗い終わった皿をふきんで拭いて棚に戻したら、またすぐ次の仕事だ。


「次は洗濯……かな。おーいユッテ!」

「シーツ交換は終わったぞー!」

「よし、じゃあ庭に出よう」


 今度はシーツの洗濯をしに、裏庭に出る。そこには母さんが、すでにお客さんに頼まれた洗濯物を干している最中だった。


「さ、寒い」

「動いているうちに暖かくなるよ」


 寒さに身をすくめたラファエルの背中を叩く。そこにちょうどシーツを抱えたユッテが現れた。今は冬を前にして客室は満員に近い。その量を見たラファエルの目が大きく開かれる。


「随分あるんだな……」

「今はありがたい事にね! お客が入っている時はこんなもんだよ」


 シーツなんかの大物を洗う洗濯たらいを用意しながら、俺はそう答えた。前は洗うシーツも大した量じゃなかったものな……。そう考えると『金の星亭』は随分、経営改善された。なんだか感慨深いな……。


「おい、ルカ。ぼーっとすんな。このぼっちゃんが困ってるぞ」


 ちっ、折角これまでの成果に浸っていたのに。ユッテから横やりが入った。


「ラファエル、です」

「おう、ラファエル。じゃあここに水を張ってくれ」

「また水……」

「ん? なんか言ったか?」

「い、いいえ!」


 文句なんぞございません、と言うようにラファエルはぶんぶんと首をふった。大きなたらいを前に彼が水魔法を行使して水を満たしていく。ユッテはそこにドボンドボンとシーツと石鹸を放り込むと、ポイポイッと靴を脱ぎ捨てた。


「よっし、行くぞー」

「まさか……」

「ほら、早く靴を脱ぎなよ」


 裸足になった俺達はシーツを足で踏みしだきながら洗っていく。おお、水が冷たい……俺も洗濯は久々だ。よく汚れが落ちるように、こすりつけるように足踏みをする。


「いっちにー! いっちにー! ほら新人、腰が入ってないぞ!」

「ラ、ラファエルです! ……ってつつつ、冷たい!」


 ユッテの厳しい檄が飛び、冬の白っぽく曇った空に、ラファエルの悲鳴がこだました。

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