5話 足りないピース

 何が悪かったのか――俺からの問いにラファエルは呆然としている。クラスのみんなも固唾を飲んでその様子を見守っている。しばらくの無言の後、絞り出すように彼はこう言った。


「これ……弁償するよ」

「どうやって?」


 俺はラファエルに畳みかけた。


「……買ってくる」

「それはね、売ってないんだ。ぼくの友達と妹が作ってくれたクッションだから」


 それを聞いたラファエルは絶望的な顔をした。俺だって意地悪を言いたい訳じゃない。伝えたいのは、彼が踏みにじったものの価値。俺は足下に散らばった羽を掴んで、転がっていたクッションに突っ込んだ。そして、突っ立ったままのラファエルをつついた。


「ほら、ラファエル手伝って」

「でも……戻らないよ」

「そうだよ、もう戻らない」

「じゃあ、意味がないじゃないか!」


 矛盾した俺の行動と言葉に苛立った声を出すラファエル。それを無視して、俺は羽毛を集め続ける。クラスの皆も教室のあちこちに散らばった羽毛を拾っては俺の所に持って来てくれた。もう一度、今度は強めの口調でラファエルを促した。


「さ、ラファエル。やるんだ」

「……う、うん」


 釈然としない表情で、ラファエルは集まった羽毛をクッションに詰め込んでいく。それを見ながら、俺は自分のバッグからあるものを取りだした。


「できた? じゃあこれ」

「それは……針……と糸?」

「うん。縫って。君が切ったところをさ」


 俺が差し出したのは裁縫セット。コンスタントに売れている、うちの売店の隠れたヒット商品だ。その針と糸をラファエルは恐る恐る受け取った。ただ、そこからどうしたらいいのか分からないのだろう、手が止まってしまった。


「出来ない……」

「教えるよ、ほらここをこうやって……んん?」


 代わりに針に糸を通して、縫いはじめた所までは良かったのだけど。俺自身もボタン付けくらいしか出来ないのを思い出した。あれれ、見本を見せるつもりが……。


「どれ、貸しな」


 そんな俺を見てアレクシスが針を手にしてスイスイと縫っていく。うちのお客さんも装備の手入れや繕い物は自分でやってるもんな。アレクシスもそんな生活の中で覚えていったんだろう。


「……ここから先は自分でやりな」


 針を渡されたラファエルがおずおずとそれを受け取り、縫っていく。その手つきはおぼつかなくて、焦りからか時々指を突いて小さな呻きをあげていた。切り裂かれた箇所が縫い終わる頃には、ラファエルは額にうっすらと汗をかいていた。


「出来た……」

「うん、でもへたっちゃったなぁコレ。ぼくの背には合わないからまた作って貰わなきゃ」


 実際、散らかった羽は窓の外にも出てしまったし、教室のあちこちの隙間に隠れてしまって拾いきれない分もある。そんな俺の言葉を聞いたラファエルの顔が怒りに染まった。


「お前っ! 僕に何をやらせたんだ!」

「弁償するんでしょ? それ、材料費は銀貨2枚。あ、布はうちにあったやつだから……銀貨3枚ってところかな」

「ちっ、ほらよ!」


 ラファエルがポケットから財布を取り出すのを、俺はそっと押し返した。


「そのお金はさ、自分のもの?」

「えっ」

「親から貰ったお小遣いでしょ。しかも銀貨3枚、君にとって痛い金額じゃない」

「そりゃそうさ。だからもっとちゃんとしたのを買って返すって言ったんだ」

「そんなのいらない」


 まだ分からないかな。俺は、破れてへたって不細工に縫い合わされたクッションを、ラファエルの胸元に押しつけた。


「これは君にあげる。君も授業で黒板見にくくない? 中身が減っちゃったからちょうどいいと思うよ」

「いいよ……」

「今、ラファエルにとってそれはどんなもの?」

「……見たくもない」

「だからあげる。良く見て。ここは君が縫ったんだよ。生まれて初めて」


 過ちは、元の様に取り戻せない。けれど、まったく手遅れって訳じゃないんだ。ラファエルはまだ子供だし。これは、その象徴のようなもの。今は見たくないだろうけど、ああ馬鹿だったなって笑えるようにきっとなる。その為に、もう一手。


「そうだ。ラファエル、うちで働いてみない?」

「……どういう事」

「銀貨3枚分、ぼくの為に働いて返してよ」

「そんなの」

「出来るよ。もっと小さいぼくの妹だってやってんだもん。それに」


 戸惑うラファエルの鼻先に指を突きつけた。お前に拒否権は、無い!


「君はどーも世界が狭い。頭が固い。ぼくが片手間にやってる仕事が出来ないとか……」

「でっ、出来るさ! それくらい」

「じゃ、決まりだね!」


 ラファエルはしまった、という顔をしたがもう遅い。教室に残ってるクラスメイトがみんな聞いている。みんな聞いたよね、とそっちに視線を移すとアレクシスは呆れたように首をすくめていた。


「まず仕事を教えなきゃいけないし……そうだな、冬休みが始まった二日間ってとこかな」

「それで銀貨3枚?」

「嫌? だったら他の所で……」

「いいっ。それでいいよ!」


 慌ててラファエルは受け入れた。銀貨3枚は子供の手伝いにしては結構破格だ。それに『金の星亭』以外で金銭を得るとなると、その事情を話さないとならない。エーベルハルト商会としてもそんな不祥事が広まる事はなるべく避けたい所だろう。


「そうか、じゃあそういう事で。場所は馬車通りの星の看板の宿屋だから朝食が終わったら来るように!」

「あ、ああ……」


 頷いたラファエルを見届けて、俺はクラスメイトをぐるりと見渡した。この騒動の目撃者達にもこれ以上大事にしないように釘をさしておかないと。


「よし! これで解決! この喧嘩はお仕舞いだから。みんなもいいな?」

「おう……ルカが、そう言うなら」

「でも、いいの?」


 一生懸命ラファエルを止めてくれていたと思うカールは頷いた。マルコはそれでも少しばかり疑問が残ってるみたいだ。


「喧嘩は当人同士で収めるのが一番だよ。ぼくはこのやり方で行く」

「そうか……」

「ラファエルには、たっくさん働いて貰うからね!」


 俺がニッと笑いながら言うと、アレクシスが心配そうにラファエルに聞いた。


「……ラファエル、本当に無理な事は無理って言うんだぞ」

「アレクシス! どっちの味方なんだよ」

「いや……ルカがあくどい顔をしてるから……」


 誰の顔があくどいって? 『金の星亭』はホワイト企業だぞ。一年365日年中無休、労働時間は十数時間……ん? ……とにかく明るくアットホームな職場です!

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