16話 三つの選択(中編)
隣の露店に殺到した客が、少しばかり一段落付いた頃。ようやく俺達の露店をポツポツと覗く客が出てきた。クラスメイトが自宅から持参した華やかなテーブルクロスに商品を陳列したから、みんな女性のお客さんだ。
「いらっしゃいませ!」
キョロキョロと商品を見渡している女性客を、満面の営業スマイルでお出迎えする。さぁさぁ、いたいけな少年のこの純粋無垢な手から買ってちょうだい!
「おねーさん、これ似合いそう!」
「あらぁ、ほんと?」
「わぁ、やっぱり似合ってる! 素敵ですよ」
「じゃあ、いただくわ。ふふふ」
よーし、一個売れた。まだまだ在庫は沢山……この調子でバンバン売らないとな。周りはどうだと見渡すと、クラスメイト達は接客どころかどん引きした目で俺を見ていた。
「……なんだよ」
「ルカ、さっきと全然違うじゃないか」
「お客相手なんだから当然だろ? さ、みんなも頑張って」
「出来る気がしないよ……」
カールはあんぐりと口を開け、マルコはもじもじしている。みんな、将来はいっぱしの商人にならなきゃいけないんだから怖じ気づいている場合じゃないっていうの。その一方……。
「ほら……お嬢さん、この糸の翡翠色の色あいは貴女の瞳の様に美しいでしょう?」
「そんな……からかわないでちょうだい」
「ふふふ、それでは代金をお預かりしますね」
「はい……!」
「貴女の『お願い事』がどうか叶いますように」
露店の右端ではアルベールが得意の口上を述べて次々と売りさばいている。実に頼もしい。本当に手伝いを頼んで良かった。
「みんな! あれを見習いなよ!」
「……もっと出来る気がしない」
遠い目をしたマルコはそう言って肩を落とした。もう、箱入りなんだから。それでもおずおずと皆、接客にまわり精一杯商品を薦める。中でも、心底嫌そうにしていたアレクシスは意外にも文句も言わず淡々と販売をこなしていた。
「こっちとこっち、どちらがいいかしら?」
「……どっちもいいですよ」
「そうかしら?」
ちょっと愛想が無いけどね。俺はフォローの為にアレクシスの前で悩んでいる客の前に滑り込む。
「おねーさんのお願い事は一つだけ?」
「へ?」
「二つあるなら両方買ってもいいと思うよ!」
へっへっへ、二つ売れた。チャリン、と銀貨を売り上げを納めた壺に放り込んでにんまり笑っていると、今日も地味なドレスに身を包んだアデーレ先生がこっちの露店にやってきた。
「先生だ……」
「先生! これ見てください。みんなで作ったんです」
「あらあら。みんな頑張ったのね」
色めき立つクラスメイト達。現金なものだな。美人教師に褒めて貰おうと、あれもこれもとブレスレットを掴んで見せびらかしている。困ったように微笑みながら、アデーレ先生は一つのブレスレットを手にとった。
「じゃあ、これをいただくわね? ルカ君、会計をお願い」
「え? ぼくですか」
「ずるいぞ、ルカ。先生、ルカは今忙しいので!」
「あらら、ふふふ」
沢山の生徒に引きずられるようにして、アデーレ先生は去っていった。さて、みんなもちょっと馴れてきたようだし俺も少し休憩をとろうか。
「ねぇ、アレクシス。小腹も減ったし休憩がてらクラウディアのところにいこうよ」
「おっ、いいな」
二人して連れ立って、屋台へと向かうとクラウディアも自らクレープを焼いていた。それなりに客も入っている。と、いうかよく見ると序盤のセール客に圧倒されて疲れ切ったラファエルのクラスの生徒達が多い。植え込みや、噴水の端に腰掛けてもぐもぐクレープを食べている。疲れると甘い物が欲しくなるよね。
「いらっしゃい! 来てくれたのね」
「うん、二つちょうだい」
「はーい。 イチゴとオレンジどっちが良いかしら」
「イチゴ!」
「俺はオレンジ」
できたてのクレープを手渡され、その場でほおばる。薄い皮にジャムが入っただけのシンプルなクレープ。でも、ジャムの果物の味が濃くてとても美味しい。
「クラウディア、このジャム美味しいね」
「そうでしょう? うちの取引している農家にね、とても美味しいジャムを作るおばさんがいるの。毎年、一番旬の美味しい時にね、たっくさん作って貰うのよ」
「へぇ……ディンケル商会で買えるの?」
「もちろんよ!」
初めて会った時のつんけんした態度とは違って、クラウディアは生き生きとしている。実家の商品の詳細もすらすらと答えた。自分とこの商いをちゃんと把握している証拠だ。
「ねぇ、アレクシスおいしいね」
「……うん。ちょっと生焼けだけど」
「え!? ごめんなさい! すぐに取り替えるわ」
「いいよ。食べられるから」
食べられるか食べられないかで判断するなよ。そういやフェリクスは
「あーら、ぼうや可愛いわね」
「ちょっと、おまけしてちょうだいよ」
「だっ、ダメですよ……困ります」
濃いめの化粧に色味の強い派手な服の女性二人を相手に、二人は冷や汗をかいている。これは……父さんも母さんも何も言わないけど、このヘーレベルクは冒険者の集まる街であって……あぶく銭を持った独身男が何をするかっていうと、まぁ想像は付く。たぶん、そーゆーお姉さん達だ。
「おやおや、お姐さん方。あんまり僕ちゃん達をからかわないであげて下さいよ?」
「あらアルベール、こんな所で何してるの?」
「お手伝いですよ。どうです、一つ買ってやって下さいよ」
「しょうがないわねぇ」
タジタジの俺達に変わってアルベールが、応対をしてくれた。俺もああいうタイプはちょっと苦手……助かった。
「アルベールさん、ありがとう」
「いいえ、知り合いでしたしね」
知り合いねぇ。どんな知り合いなんだか。俺は疑惑の目でアルベールを見つめた。
「ふーん……」
「ルカ君? 仕事でですよ!? さぁ、商品はまだまだありますから頑張って売りましょう!」
慌ててアルベールは弁明をして大声を張り上げた。……奥さんに言いつけちゃおうかなぁ。
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