15話 三つの選択(前編)
突き抜けるような青天。晴れて澄み渡った空に、細く引き延ばした真綿のような雲が浮かぶ。市の日に合わせて開催されたバザーは、絶好の陽気に恵まれた。
早朝から商学校の生徒達は割り当てられた区画に露店用のテントの設営にあたっている。アレクシスは「設営をがんばる」の言葉通りに、いっぺんに何本もの支柱を両腕に抱えてクラスメイト達を驚かせていた。
「はい、ここ押さえててな」
そんな事をいいながらてきぱきとロープで骨組みを作りあげ、日よけの布をかぶせていく。おかげで他のクラスに比べて随分早く露店は完成しそうだ。
「良い天気だねぇ……」
「うん。これなら、客足も問題ないだろうな」
冬の気配を漂わせはじめた乾いた秋の陽気を心地よく感じながら思わず独り言を言うと、傍にいたカールが同意した。ひな壇に組んだ箱にも布をかぶせて、商品を陳列していく。クラスのみんなで協力して出来上がったブレスレット。出来ればちゃんと売れて欲しい。
うちのクラスの露店の準備が整ってしばらくすると、隣のラファエルのクラスの準備も終わったようだ。その隣……クラウディアのクラスはまだしばらくかかりそうだ。
「それじゃあ、復習だよ。いらっしゃいませー! はい!」
「ルカ……またそれか?」
「なに言ってるんだよ、基本だよ、き・ほ・ん!」
お客が来る前に、接客用語のおさらいをしようとしたがクラスメイト達の反応は鈍い。おいこら! 腹から声だせ、腹から!
俺がクラスメイト相手に檄を飛ばしていると、ぷーんとなにやら甘い匂いが漂いだした。……なんだこれ?
「アレクシス、なんかいい匂いがする」
「ん? そうだな……あっちからか……あ」
「クラウディアのクラスだ……」
甘い香りの出所は、二つ隣のテントからだった。テントに近づいて見ると、生徒達が汗をかきかき、せっせと薄い生地を焼いていた。
「これ……クレープ?」
「そうみたいだな」
こりゃあ準備に時間がかかるわけだ。その様子を眺めていると、こちらに気づいたクラウディアがやってきた。
「もう準備は終わったの? えーと、ルカ君」
「うん、こっちは終わったよ。そっちはクレープの屋台なんだね。てっきり食料品の大安売りでもするのかと思った」
「うふふ、最初はそう言われたわよ。でも……私ばかり働くのも癪じゃない? どうせなら、あんた達も頭と体を使いなさいよってハッパかけてやったのよ」
クラウディアはそう言って愉快そうに笑いながら、彼女に振り回されてバタバタしている自分のクラスメイトを眺めていた。残念ながら一筋縄ではいかなそうな彼女を御する事は出来なかったようだ。……彼らの中から将来のお婿さんは誕生するのかな?
「そっちはどう? 何を売るの?」
「ブレスレットだよ。お願い事が叶うと切れるようになってるんだ」
「へぇ……面白いわね」
「良かったら後で見においでよ!」
「ええ、じゃあこっちも買いに来てね」
もちろん、とクラウディアに答えてから、ほったらかしにしてしまった自分のクラスの露店に戻る。ラファエルのクラスの露店をチラリと見ると、大量の布と糸が山と積まれている。……これは本当に金貨1枚の仕入れ値なのだろうか? こっちは従来通り、大量仕入れの物量と安さで勝負するみたいだ。やはりこれと真っ向勝負をしなくて良かったと思う。
「ルカ君! どこ行ってたんですか」
「あ! アルベールさん!」
露店に戻ると、売り子の手伝いを頼んでいたアルベールが到着していた。まずはアルベールに商品コンセプトを話しておかなくちゃ。
「あのですね、今日はこれを売るんです。主に女の子向けに作ってあって、お願い事が叶うと切れる効果がついているんです。アルベールさんにはこう……上手いことお客さんにそれを伝えて欲しいんですよ」
「ふんふん……いいでしょう、お手の物です」
アルベールは、並べた商品を一つ手にとるとにっこり笑った。
「さあ、皆さん準備は出来たようですね!」
全ての準備が整った頃、がやがやと騒がしい一画の前にベルマー先生をはじめとした教師達が集まった。
「それでは開店いたしましょう、皆さん頑張ってくださいね」
「はい!!」
パンパン、とベルマー先生が手を叩いて合図をする。さあ、バザーの始まりだ。遠巻きに開店を待っていたお客がわっと集まってくる。……ラファエルのクラスの露店に。
クラウディアのクラスも結果的に変化球になった為に、破格の値段で販売しているのはここだけだからな。
「ちょっと! これはあたしが先に目をつけたんだよ!」
「あーら、いらないのかと思ったわ! でも私がもう金をはらっちまったからね!」
「喧嘩しないでくださーい……」
目の色を変えた奥様方の怒号と接客する生徒の悲痛な声がする。一方、こっちは静かなものだ。なんというか、セールの時の行動はどこも変わらないもんだね。何に使うのかも微妙な柄の布も飛ぶように売れている。
「おい、ルカ! 随分暇そうだな」
「……ラファエル」
自分の所の露店がてんやわんやの時にわざわざ抜けてきて、人を煽りにくるな。
「大丈夫か? 全く客が居ないじゃないか」
「大丈夫、大丈夫。あーほらほら、そっち大変そうだから戻ったほうがいいよ?」
「……ふん。 教会への寄付が捻出できなければいい笑いものだからな! せいぜい頑張れよ」
ひらひらと手をふりながらなんとか鬱陶しいラファエルを追い払った。毎度毎度、よくもまぁ飽きもせず嫌みが言えるもんだ。呆れながら見送っていると、カールが俺をつっついた。同じ様にマルコもおろおろしている。
「おい……ルカぁ。本当に大丈夫かな」
「お客が来ないよ……どうしよう」
俺はともかくクラスメイトが不安になってしまった。ろくな事しないな、まったく! 一方俺はというと、特に焦ったりはしていない。その為に客層を絞ったんだ。ああいう特売品に群がるお客はチェリーピッカーって言って、この露店の売り物にまず興味は示さない。うーん、それをどう説明したもんかな。
「カール、いいか? 隣のお客さんはうちのお客さんにはならない」
「……どういう事?」
「ほら、夕食の買い出しに来たお客さんが、ついでにマルコの店で宝飾品を買うか?」
「うーん……買わないな」
「そういう事。あっちには人だかりを作って貰ってせいぜい人寄せをして貰おうよ」
厳密にはちょっと違うけど、なんとか納得して貰えたようだ。ふふん。どーん、と構えとけ。勝負はこれからだ。だから頼むよぉ! しっかりした接客をさぁ!
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