7話 ぼくたちの失敗

 朝起きたら、宿の手伝いをして朝食。朝食が終わったら掃除や雑用、それからお昼。お昼の後は売店の準備を手伝ってから用事がなければ学校。これが、ここ最近の俺の半日のスケジュールだ。

 

「よいしょ、っと」


 ソフィーと一緒に、ユッテの売店の在庫を屋根裏から運ぶ。品目も量も増えてきたので、在庫置き場としてはいちいち階段を使わなくてはならないのが面倒だ。厨房の奥の地下倉庫を整理して使えるようにしようかな。元々はワインセラーだったらしいが、今はまともに使っていない。一部をちょっとした貯蔵庫として使っているが、あとはガラクタ置き場と化している。


「ユッテおねえちゃん、どこいったんだろうね」


 そういえば、ユッテが遅いな。この時間には大概来ているはずなのに。




 しばらくして、『金の星亭』うちに現れたユッテの姿を見て、俺は仰天した。シャツの片袖が大きく破れ、頬は腫れて口の端には乾いた血がこびりついていた。明らかに転んだなんて傷ではない。


「ユッテ! どうしたの!!」

「なんでもない……」

「そんな訳あるか!」


 思わず肩を掴み、顔を背けるユッテをこちらに向けさせる。出会ったころのような、荒んだキツい目の色が見えた。久々の拒絶の反応にひるんでしまう。


「とりあえず……説明してくれよ」

「……あたしが悪い」


 なるべくユッテを刺激しないように落ち着いて声を出そうと努めたが、震えた声が出ただけだった。ユッテはつかつかと店舗スペースに向かうと例の二人で作ったパンフレットを取りだした。これが原因?


「こりゃちょっとやりすぎたな。他の荷物持ちポーターどもから突き上げを食らった」

「それじゃあ……」


 それじゃ、俺のせいじゃないか。顔をしかめた俺を、逆にユッテが慰めるように背中を叩いた。


「気にするな。以前からこっちで稼いでるのが気に食わないって連中だ」

「だって……でも……」


 それはユッテだけのせいじゃないじゃないか。俺が提案したことだし、それにそんなことになっているのなら言って欲しかった。俺たちは仲間じゃないか。友達じゃないか。そう言葉にしようとして、ユッテがまだほんの少女だと気づく。それも頼ることを知らない、街角で生きる子供。


「……うっ」

「ルカ、お前が泣くなよ。あたしはどうすりゃいいんだ」


 気づけば声に出来ない気持ちが、目から溢れていた。見た目はともかく、大の大人がメソメソ泣いて当の被害者のユッテが戸惑っている。でも悲しいんだ。ユッテを傷つけた人間が憎い。その中に自分が入っているのが悔しい。子供の立場に馴染んでしまっていた俺の体はそんな感情を抑えることが出来なくなっていた。


「どうしたの、ルカ……ユッテちゃん!!」


 俺たちのおかしな様子に気づいたか、母さんが顔を出した。そして俺と同じように矢継ぎ早に質問を飛ばす。ユッテは淡々と事情を説明した。情けないことにその間、俺は蹲っているだけだった。


「ユッテちゃん、どこの誰がやったか言いなさい」


 一通り聞いた母さんが、聞いたこともないような低い声でユッテに言った。


「ハンナさん、どうするつもりですか」

「決まってるじゃない!! そいつを……」

「ハンナ、落ち着け」


 いつの間にか父さんが居た。今にも飛び出しそうな母さんの肩をそっと右手で押さえた。


「ユッテ、今日は家に戻るな。うちに泊まれ」

「……はい」

「という訳だ、ハンナ。ユッテの世話を頼んだ」

「マクシミリアン……」


 父さんは俺たちの様子を一通り見渡すと、出口に向かった。


「ギルドに報告に行ってくる。商人ギルドと……冒険者ギルドにもな」

「父さん、ぼくも行く!」


 父さんは首を振った。


「ルカは家で待っているんだ。これは父さんが片付ける」

「でも、ぼくのせいだ。ぼくが責任を取らなくてどうするの」

「お前だけのせいじゃない。ここはまかせろ」

「嫌だ! 父さん、ぼくは無理にでもついて行くよ」


 ギルドの場所なら知っている。自分一人だって行けるんだからな。俺は父さんの足にしがみついた。父さんにまかせて自分はしれっと家で待っているなんて出来ない。


「ルカ、今日はとりあえず報告に行くだけだ」

「それでも行く」


 父さんは一つため息をつくと、ようやく諦めて俺の手を繋いだ。家を出て、まずは商人ギルドに向かう。受付でバルトさんを呼び出すと、彼は慌ててやってきた。


「どうしたんです、クリューガーさん。連絡も無しに」

「ちょっと揉め事が起こった。その報告だ」

「……とりあえず、個室にいきましょう」


 俺たちは、商談用の個室の一つに入る。


「クリューガーさん、揉め事とは?」

「売店での売り物に荷物持ちポーターが反発したようだ」


 俺はテーブルに揉め事の切っ掛けであるパンフレットを取りだした。


「バルトさん、これです。月報告の目録には記載してましたけど」

「ああ、ありましたね。ふんふん……よくまとまっていますが、内容自体はごく当たり前のことですね」

「ぼくらは、『なるべく荷物持ちポーターを雇うように』とも書いたんです。でも……」

迷宮ダンジョン外で稼いでいること自体が気にくわない連中が、売店の店員に手を挙げた」


 バルトさんはしばらく思案顔で、視線をパンフレットと空中に行ったり来たりさせていた。


「……冒険者ギルドには?」

「まだ、これからだ」

「それは良かった。いいですか? 報告は『売店の店員に荷物持ちポーターが手を挙げた事実』だけ、あっさり伝えてください」

「それでどうする?」

「あっちはあっちで事実関係を調べるでしょう。その気があればね。これは事と次第によっちゃ大事になるかもしれません」


 大事になるなんて。そんなつもりは無かったのに。いや、俺の考えが甘かったんだ。冒険者ギルドへの配慮がなさすぎた。


「そんな……」

「ルカ君、私も上に相談しますから」


 俺を慰めるバルトさんを後にして商人ギルドを出る。そして次は冒険者ギルドへ向かった。


「ルカ、どうする。帰るか?」

「いや、行く。……だけどぼくは余計な事は言わない方がいいね」


 冒険者ギルドではバルトさんに言われた通り、受付にユッテが手を挙げられた事だけ父さんが伝えた。


「――という事があった。ちゃんと伝えたからな」

「はぁ、わかりました」


 受付の人は気のない返事をしただけだった。荷物持ちポーター同士の揉め事としか受け止めていないようだ。


「どうなっちゃうのかな……」

「ルカ、どうなっても父さんたちがいるぞ」


 冒険者ギルドが荷物持ちポーターたちに事情を聞いたら、パンフレットのことも売店のこともいずれ分かるだろう。その反応次第では冒険者ギルドとの関係は険悪になってしまうかもしれない。うちは商人ギルドに属しているが、冒険者相手の商売をしている以上関係は疎かに出来ない。


 その日はどちらのギルドからの使いもなく、時間だけが過ぎていった。俺は、モヤモヤしながら一日を過ごした。ユッテも服を着替えて売店に立ったものの浮かない顔だった。




「ユッテ、こんなことになってごめんな」


 うちに泊まったユッテに寝床の中で改めて謝った。


「小突かれるくらい、なんでもないよ。こっちこそ、ごめん」

「何が?」

迷宮ダンジョンでのことをルカに言わなかった。心配かけたくなかった」

「もしかして、ずっとこんなことがあったの?」

「……うん。でも大丈夫。……おやすみ」


 そのまま背を向けてユッテは眠る体勢に入った。思わぬ苦労をかけてしまった背中を見ながら、俺は枕元の光石に覆いを掛けて照明を落とした。照明を落としても、俺に眠りの気配はやってこない。俺は無理矢理、目をつむりながら明日のことを考えた。

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