4話 川の端にて
父さんと俺たちが裏庭で薪割りをしていると、ふいに植木の茂みがごそごそと動いた。
「てぇえええぃっ!!」
飛び出してきたフェリクスに、父さんは避けもせず足払いをかける。彼は為す術も無く地面とご対面した。
「ぐぬぬぬ……」
「潜伏していたのに声を出すヤツがあるか。丸わかりだ」
父さんは真顔で言い放ったが、そういう問題かなぁ……。というか「春になったら来い」って確かに父さんは言ったよ?でも、それが全部……奇襲ってどうなの。もう何度目か分からない襲撃に、父さんは慣れっこになっているし……。
「やっぱり師匠は強いな!」
「フェリクス、もういい加減にしなよ」
「うっさい。絶対に一本取ってやるんだ」
ヘーレベルクは冒険者が集まる街のせいか、どことなく「力こそ正義」みたいな風潮がある。こいつにスポーツマンシップを説いても無駄だろうか。というかスポーツではないか。……だとしたらもう少し策を練るべきだ。
そこに、商品を陳列していたユッテがひょいと顔を出す。
「フェリクス、煙玉を買わないか? 目くらましになるぞ」
「むっ……いくらだ?」
「ユッテ。うちでそんなもの炊かれちゃ困るよ」
いらない助言をありがとう。フェリクスもちょっとその気にならないでくれ……。もしも本当にやったら、お返しにお前の家の前で煙玉を炊いてやるからね。二人の不毛なやりとりにため息をついていると、母さんが呼びに来た。
「みんなお昼よー! あらフェリクス君。一緒にどう?」
「ご馳走になります!」
……こんな調子で最近はユッテだけじゃなく、フェリクスまで一緒に昼食を囲んでいる始末。賑やかで良いけどね。お、今日は魚のソテーだ。肉メニューが多いから、魚が出ると妙に嬉しい。日本人の性だろうか。
「わーい、魚だ!」
「おにいちゃんは、おさかなすきだねー」
「なんだルカ。お前、魚が好きなのか?」
ちょっとテンションが上がった俺にフェリクスが言う。
「なら、今度釣りにいかないか?」
「釣り?」
「ロイン川の氷も溶けたしな。うちの親父が好きで時々行くんだ」
釣りかぁ……前世でもほとんどやったことないな。こっちでもうちは宿屋。客商売だからレジャーとは無縁だ。
「行くなら、お弁当を作ってあげるわよ。たまにはゆっくりお友達と出かけてらっしゃい」
「ソフィーもいきたーい」
この春でやっとバスチャンさんに窓の料金のツケを支払い終わって、うちもひと心地ついたところだ。お弁当持ってピクニックか。たまには良いかも……。川も市壁から遠く眺めただけで行ったことがない。
「ユッテはどうする?」
「あたしはパス。仕事あるし……泳げないし」
春だから、泳ぎの心配はしなくてもいいと思うけどな。でも、仕事が優先ならしかたない。あとは……俺とフェリクスとソフィーじゃ面子的に不安だから、ラウラとディアナにも声かけようかな。
*****
――数日後、朝早く俺たちは市壁の西側の水門の前で待ち合わせをした。ロイン川は街に流れ込む大きな川で、街の人々の生活用水にはもちろんのこと、水運も担っている。水門は鉄製の格子で出来ており、魔物や不届き者が入り込むのを防止しているのだ。
メンバーは俺とソフィーにクラスメイトのいつものメンバー。ラウラにフェリクス、それからディアナ。ラウラは竿を持ってきたが、どうにも不安そうだ。
「一応、お父ちゃんから釣り竿を借りてきたけど、釣りをするのは初めてよ」
「オレは自分と親父の竿だな。交代でやろう。最初は教えるよ」
釣り道具のほかに、みんな思い思いの昼食用のバスケットを抱えている。目の前はすでに川。ただ、水門から近すぎるのでここから下ってちょうど良いポイントを探して行くことになる。
――しばらく行くと川の畔が開けて、木立と岩場が良い感じに広がる場所があった。水の流れも緩やかで、小舟を着けるためか小さな桟橋もある。
「うん、この辺かな。ルカ、準備を手伝ってくれ」
女の子たちは木立のあたりに敷物を敷いて、荷物を置いた。俺とフェリクスとで適当な大きさの石を川辺に並べて、釣り道具を取り出す。竿に魚籠、それから手のひらサイズの壺。
「フェリクス、これは?」
「それは魚の餌だ」
「へぇ……うわ、臭い」
ふたを開けて中をのぞくと、強烈な臭気が立ち上った。その正体は不明だけどとても生臭い。
「これで魚をおびき寄せるんだ。ほら見ろ、いるぞ」
フェリクスが指す方を見ると、澄んだ水の向こうに魚影が浮かぶ。結構あちこちにいるな。
「坊ちゃんたち、釣りは初めてかい?」
少し離れたところにいた釣り人のおじさんが俺たちに声をかけた。
「こいつ以外は初めてです。釣れますか?」
「今日はまずまずだな。この辺は浅いが水辺だからな、気をつけろよ」
「ありがとうございます」
「あと、この川には主がいるからな。それにも気をつけろよ」
わぁお、ロマン溢れる!川の主!定番だね。でも普通、人の入らない奥地とかにいるもんじゃ無いの?
「とにかくでっかくて、川に引きずり込まれるって話だ。魔物なんじゃないかとも言われている」
この世界の川の主はスケールでかいな。穏やかな川辺の風景とのミスマッチに驚く。……ところで普通の魚と、魔物の魚の違いってなんだろう?
「まぁ、誰も見たってヤツは知らないがな!!」
「……」
どうやら、釣り人のおじさんに担がれただけのようだ。でもまぁ、水難事故は怖いからね。ソフィーもいるし気をつけよう。
「ほら、餌つけてやったから。最初はオレとルカとラウラでいいかな?」
「ソフィーもやりたい!」
「お兄ちゃんの後にかわりばんこね。私と一緒に待ってましょ」
食いつきそうなソフィーをなだめてディアナは木陰に移動した。俺たちはさっそく桟橋近くから釣り糸を垂らす。
「……地味だね」
魚は見えるのに、なかなか引っかからない。
「そうだけど、気持ちいいだろ」
「まぁ、そうだね」
暖かい陽気に新緑の中、川面をやわらかい風が揺らす。
「お、来た。……小さいな」
初めに釣り上げたのはやっぱりフェリクスだった。小さい……なんだろう?
「フェリクス! どうしよう!」
「落ち着け、ゆっくり引くんだ」
フェリクスに手伝って貰って釣り上げたのは黒い鯉だった。初めての釣果だ。それを見ていたラウラもじっと水面とにらめっこしているが……一向に魚がかかる気配はない。その間にフェリクスは二匹の鯉を釣り上げた。
「私、向いてないかも……ディアナと交代してくる」
「それより、そろそろお昼にしない?」
「それもそうね」
魚籠の魚をバケツに移して、俺たちは木陰に向かう。
「一匹、焼いて食おうぜ。オレ、塩持ってきた」
フェリクスがそんなことを言いだしたので、小枝と石を拾って即席のかまどにする。消防法もないからこんな突発的バーベキューもできる。比較的平らな石をまな板がわりにラウラが魚をさばいた。
「ルカ、そっち持っててね」
暴れる魚を押さえる。ラウラがナイフで腹を割き、内臓を掻きだした。手の中の魚はビクビクと動いていたが、やかてぐったりとなった。命の感触。……いただきます。川で魚と手を洗う。雪解けの水を含んだ川の水は驚くほど冷たい。
「ひゃあ……まだまだ冷たいね」
「夏になったら、気持ち良いんだけどね」
塩をまぶして、その辺の小枝で串刺しにして火で炙る。魚が焼けるまで、俺たちはお互い持ち寄ったお弁当のサンドイッチや果物を交換して食べた。やっぱりラウラの家の料理はピカイチだ。フェリクスの持ってきたパンもフワフワで美味しかった。
「焼けたかな?」
こんがりと焼けた鯉もみんなで分けて食べた。自分たちで釣ったせいか、青空の下のせいかとても美味しい。さっきまで生きている魚にビビっていたけど。
さて、お腹がいっぱいになったら選手交代だ。ディアナはラウラと交代し、ソフィーは俺が横について釣り糸を垂らす。
「つれないねぇ」
「まだ早いよ。あ、餌がどっかいっちゃった。貸して」
ディアナは良い天気ねぇ、なんて言っている間に小さい鮒だが3匹釣り上げた。ソフィーは竿を動かしすぎなんだよ。性格が出るね。餌をつけ直して、ディアナみたいにのんびり構えるように言った。
「のんびり、のんびり。じーーっと……」
「そうそう」
一緒に竿を持ちながら、獲物がかかるのを待つ。一匹でも釣れたらいいな。ソフィーの喜ぶ顔が見たい。
――と、その時、ピクリと竿に感触が来た。グッと引っ張られる。これは大物かも。
「お、ソフィー! 踏ん張れ!」
「ぬぬぬ……」
ソフィーだけでなく、俺も一緒に引っ張るが全然動かない。フェリクスが自分の竿を放り出して、手に布を巻き糸を掴んだ。
「こりゃ……凄いな……」
ビシャビシャと水面は波打つものの、それでも魚は動かない。竿はたわんで今にも折れそうだ。
「まずい! 切るぞ!」
腰のナイフを取りだして、あわててフェリクスが釣り糸を切った。反動で俺たち兄妹はしたたかに尻餅をつく。水面を見ると、大きな魚影が糸をつけたままゆっくりと消えていくのが見えた。アレが食らいついていたのか……。
「うーん、あれはナマズかな」
「おっきかったね! ざんねん!」
「まさか川の主?」
「ははは、ルカ。それはないだろ……ないよな?」
大物は取り逃がしたがそれぞれお土産に獲れた魚を分けて、俺たちは帰宅の途についた。みんながソフィーがヒットしたナマズらしき魚について盛り上がる中……。
「私……一匹も釣れなかった……針にかかりもしなかった……」
一人、ボウズだったラウラだけが落ち込んでいた。
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