2話 花の祭り(後編)

「ラウラー! いるー?」


 俺はフォルトナー家の前まで来ると大声でラウラを呼んだ。


「なあに? ルカ。お母ちゃんならもうそっちに仕事に行ったよ」


 家から顔を出したラウラは首を傾げている。以前、雨宿りさせて貰った以外には行ったことないもんな。


「違うよ。ラウラに用事があるんだ。はい、これ」

「お花……一体どうしたの?」

「ラウラにプレゼントだよ」

「ええ……本当に?」

「うん! 一緒にお祭り見物に行こうよ。早いうちでないと、うちも忙しくなるから今しかないんだ」


 午後にはお祭り用のパイが完成して、その売り子をしないといけない。お祭りもちょっとのぞきたいから、早いとこお花を渡し終わらないと。


「うん、いいわよ」

「ところで、ディアナの家を知らない?」

「すぐ近くだけど……」


 俺たちは連れだってディアナの家に向かった。ディアナはちょうど家の前の鉢植えに水やりをしていた。呼ぶ手間が省けて助かったな。


「ディアナ! 一緒にお祭り見物に行かない?」

「あら、ルカ。お祭りに行きたいの?」

「そう、あとこれ! ぼくからお花。受け取ってよ」

「まぁ。ありがとう。貰っていいの? ちょっと待っててね、親に聞いてくるから」


 ディアナは両親に声をかけると、急いで出てきた。広場に向かいながら、もう一名の欠員を拾って行くことにする。


「フェリクス! 今大丈夫?」

「大丈夫じゃねぇよ、今うちは大忙しだ」


 ディアナの案内でたどり着いたフェリクスの家は、本当に大きなパン屋だった。店内にはパンの他にあんずのパイをはじめとして沢山のお菓子が並べられている。ああ、フェリクスの家は今日は特別稼ぎ時か……。これは無理そうだな。


「そっか、ごめん。お祭り見物に行くから声かけたんだ。じゃあ、これ」


 俺は謝罪の言葉とともにフェリクスに花を渡す。


「ふえ? オレに? お前バカか? ……まあいいや、楽しんでこいよ」


 バカとはなんだ。バカって言う方がバカなんだぞ。


 広場にはすでに人が沢山集まっていた。これからもっと賑わうはずだ。屋台では串焼きやサンドイッチや揚げ菓子が売られている。広場のシンボルの噴水の前には大量の花で飾られた山車が待機していた。


「きれいね。あたし来年には花娘をやりたいの」

「ラウラ、私もよ」


 お祭りのパレードで山車を引き、花びらを振りまく「花娘」はへーレベルクの女の子たちの憧れだ。たっぷりとフリルのついた衣装を着た女の子が今も出番を待っている。


「ラウラもディアナもかわいいからきっとなれるよ」

「やだ、ルカ……ありがとう」

「うふふ、ありがとね」


 広場の片隅で花を売るユッテを見つけた。妙にくねくねしているのは……営業用だろう。声をかけたら気まずいだろうから、遠くから眺めるだけにした。


「さあさ、お立ち会い! 聞くも涙、語るも涙の恋物語! さあはじまるよ!」


 どこかで聞いた声がすると思ったら前にうちに来た吟遊詩人の伊達男、アルベールだった。淡い緑の帽子に嘘みたいな大きな赤い鳥の羽をつけている。傍らには揃いの衣装の竪琴弾きと笛吹きが居た。なんか増えてる……。




 お祭りの雰囲気を堪能した俺は、もう少し見て回るという二人を残して宿に戻った。さぁ、忙しくなるぞ。宿の前に臨時のパイの持ち帰り用のスペースを作り、母さんとリタさんが作ったパイを並べる。周りの宿屋も同じようにして、道行く人に声をかけている。


「ようし、負けないようにしなくちゃ。ソフィー、頑張るぞ」

「うん、おにいちゃん!」

「いらっしゃいませー!」

「ませー!」




*****




 ――もう、クタクタだ。夕方近くになってようやくパイを売り切った。カラカラになった喉を潤すお水がとても美味しい。ちなみに父さんは宿屋の中担当でした。一見さんには見た目が怖いからね。


「みんな、お疲れ様ね」

「ありがとう、助かった。ところで……」


 そう、リタさんに感謝のプレゼントを渡さなくちゃ。母さんは俺たちにも中身を秘密にしている。一体なんだろう?


「リタさん、今日もこれまでもありがとう。これは私たちからの感謝の気持ちです」


 母さんが結構大きな包みをリタさんに渡す。


「ありがとうございます。……中を見ても?」

「ええ、どうぞ」


 リタさんが包みを開くと……帽子と一反の布が現れた。ラウラと同じ赤い髪によく似合う深い青のシンプルな帽子と布だ。


「ごめんなさい。仕立てる時間がなかったもので……」

「いえいえ、とんでもない。なんて素敵な色なんだろう。これで教会に行く用の外出着を仕立てますよ。本当にありがとうございます」


 高級品の絹ではないが、上等そうな織りの布を大事に抱えてリタさんは礼をのべる。喜んで貰えたみたい。じゃあ俺からも。


「リタさん、これぼくから……いつもありがとう」


 彼女にも、小さな花を一輪渡す。そこら辺で摘んできた花だけど、まぁ気持ちだよ。気持ち。


「あらあら、まぁまぁ……どうしましょうかね。照れちゃうわ」


 リタさんは戸惑いながらも受け取ってくれた。そして、何度も頭を下げながら帰って行った。うん、良かった良かった。




「ルカ……ちょっと気になったのだけれど……」

「ん? なに、母さん」


 なんだか真剣な様子で母さんが俺に話しかけた。なんだろう?


「良い機会だから教えておくわね。花の祭りのお花はね、男の人から女の人に思いを……その……愛していますって意味で贈るのよ」

「ん? えっ……ええええっ!!!!」


 ――待って。待ってくれ……。祭りの時に花を贈るのは愛の告白ってこと?逆バレンタイン的な……何それ?


 嘘だ……俺、今日そこいら中に花を渡して回ったぞ。家族はともかく、ユッテにラウラにディアナまで。俺の気持ちなんて言ってクッソ恥ずかしい台詞を吐いたぞ。なんてことだ……。これじゃあ、ただの気の多い浮気男じゃないか。


 ああっ!!エリアスやレオポルトやフェリクスにも渡しちゃった……。そりゃフェリクスがバカ呼ばわりする訳だよ。バカは俺だ!大バカ者だ!!




 俺はその夜、夜中に悪夢でウンウンうなされる羽目になった。夢の内容には触れないで欲しい。


 幸い、小さな子供のしたことだからとあまり真剣には受け取られてなかった。ほほえましい光景だよな。子供なら。


 ――ああ!!俺、子供で良かった!!!!

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