3話 少年、現状を認識する(後編)

 父さんが盛大にいらないフラグを立てて、そして放り投げて去った後。入れ替わるように母さんがやってきて、初心者パーティー一行のテーブルに切った林檎とお茶を持って置いた。


「ごめんなさいね、ウチの人無愛想で。ゆっくりしてってね」


 左右に首を振って、魔術師の少年が頭を下げる。


「いえ、助かりました。こいつ、リーダーのくせに喧嘩っ早くて」

「なんだよ、だから年齢で決めないでエリアスがやればいいって俺は言ったじゃないか」


 口をとがらせる剣士に、母さんは軽く苦笑しながら続けた。


「買い物に出かけるんですって? なら広場の噴水から三軒目の緑の縞のテントの露店に行ってみて。そんなにアコギな商売はしないはずだから」

「あ、ありがとうございます」

「いいのよ、昨日はこちらもお世話になったし」

「そうですか……」


 そうしてようやく客が全員出かけて、僕らは朝食にありついた。メニューは、うん例の微妙なスープとパンだ。そういえば俺の買い置きの菓子パンどうなったんだろう……。会社から帰宅する途中以降の記憶が俺にはない。


「そうだ、折角だから」


 母さんがウェーバーのおばさんのケーキを薄く切って出してくれた。どれどれ……。


「う、美味い」


 思わず声が出てしまった。やわらかく戻した干しイチジクがどっさり入って、プチプチとした食感と、これは蜂蜜だろうか……優しい甘さのケーキだった。しかし……これ食べちゃうと母さんの料理ってやっぱこの世界平均でまずい部類なんじゃなかろうかと思ってしまう。


 飯はまずいが安いのが売りの宿屋か……うーん、ないな。


 大体、立地も微妙だ。元々は普通の住宅だったのもあって冒険者ギルドまで徒歩10分程度、市場や商店の並ぶ商業地区の広場まで逆方向にこれまた10分程度。


つまり冒険者ギルドと商業地区のちょうどなかばあたり。ポジティブに考えれば、どちらからも程々の距離とも言えるんだけど。


 その後、山盛りの皿洗いをソフィーと一緒に手伝って、俺は二階の客室に向かった。今朝、宿を引き払った客室のドアを開ける。


「うわぁ。予想していた通りだな」


 一階と同じようにやっぱり客室もあちこち傷んでいた。こっちにも補修が必要だ。ソフィーと二人がかりで空き部屋のシーツを交換する。


 汚れたシーツを母さんに預けてから、今のうちに食堂の掃除をする。ルカは6歳、ソフィーに至っては4歳なのにたいした働き者だ。俺が6歳の時ってなにしてたっけ?鼻たらして虫とか採ってたな。あとゲームしてた。


 食堂の掃除の後は、洗濯だ。母さんが洗っていたシーツやリネンのたぐい、お客さんから頼まれた洗濯物や、僕らの服を干すのを手伝う為に家の裏の小さな庭に出る。


「じゃあソフィー、こっち持ってね」

「はーい!」


 パンッと小気味よい音を鳴らしてシャツを広げる。ひもに吊された洗濯物が風を受けてはためく。――今は春の終わり、夏の初めくらいでカラっとした晴天だ。よく乾くことだろう。


「じゃあ、お昼にしましょうか」

「ソフィー、おなかすいた」

「賛成ー!!」


 母さんと厨房に入ると、買い出しに出ていた父さんがちょうど帰ってきた所だった。


「父さん、もうすぐお昼だって」

「そうか、市場でこれ買ってきたぞ」


 父さんはぼくに紙束を渡した。何だろう?


「字の練習がしたいと言っていただろう」


 そうか、これはノートか。ザラザラのわら半紙の様なくすんだ紙で、おまけに裏には何か書き付けてあるが、字の練習やメモ書きになら十分使えそうだ。


「ありがとう、父さん」

「ソフィーもやるー」


 ソフィーもやる気満々だ。字の練習にも使うがこれは俺の戦略ノートとして使わせてもらおう。疑問に思ったこと、改善できることを書き付けていけばきっとこの宿の突破口も見えてくるに違いない。


「ごはんできたわよー」


 昼食のメニューはスープでは無かった。固いパンは一緒だが、ウサギの煮込みに酢漬けのキャベツ。ルカ情報によるとこの家は昼間が一番ボリュームのあるメニューみたいだ。


 ……ん?あれ?口に入れると赤身の肉の旨みと香草の香りがマッチして……。え?美味い。なんで?


「……美味しい」

「そう、良かったわ。おととい、父さんが狩ってきた一角兎よ」 


 え、それって魔物なんじゃなかろうか。


「やっぱり魔物の肉の方が美味いな」

「そうね……魔力の分、味が濃い気がするわ」

「おいしーね!」

 

 そういうもんなのか。だったらこういうのを毎日出せば、うちももっと客が入るんじゃなかろうか。


「ぼく、もっと食べたいな」


 さりげなくリクエストしてみる。


「ルカももう食べ盛りの年頃ね」


 いやそうじゃなくて。もっと美味い飯が出ればリピーターに繋がると思うんだよ。息子の成長に目を細めていないで、家業の経営にも目を向けてください。


「子供たちも手がかからなくなってきたから、少し狩りの頻度をあげるか」

「そう? お願いできるならそうしてくれると助かるわ。多く獲れたらお客さんにも出せるし」

 

 いいぞ、父さん!空気読んだわけじゃ無いだろうけどナイスアシストだ!


「さて、お客さんが帰ってくる前に夕食の仕込みに入りましょうか」


 昼食を食べ終えて、一息ついた後に母さんは腕まくりをしながら言った。


「ぼく、手伝うよ」

「あら、ルカは昨日まで寝込んでいたのだから少し休んだら?」

「いいよ、もうなんともないって」


 まぁ、これは建前で母さんの調理の視察だ。さっきまで、うちの飯がいまいちなのは母さんの腕が悪いのと、食材が良くないからだと思っていた。


 でも、さっきの煮込みは美味かったし……毎日出てくるスープにはなんらかの残念な要因があるに違いない。


 俺はかあさんと厨房で野菜を洗い、下ごしらえの手伝いをすることになった。ソフィーはぐずりだしたので、父さんに連れられ僕らの部屋にお昼寝をしにいった。




 そして……僕はそこで恐ろしいものを見ることになる。




 母さんが洗った野菜の皮をむく。俺は向いた野菜と塩漬け肉を一口大に切る。そして母さんはスープの材料を、スープの入った大鍋・・・・・・・・・に入れようと……。


「ちょっと! まって母さん」

「え? なぁに?」

「それ、その鍋残り物のスープ・・・・・・・が入ってない?」

「そうだけど?」


 ええ?そんな反応?食の安全は大事だよ?


「いや、その……母さん、もしかして毎日そうやってスープに具を足しているの?」

「……? そうよ?」


 いやいやいや!無い無い無い!そりゃ食材は無駄にはならないけど、ウナギ屋のたれじゃないんだから継ぎ足し継ぎ足しでおいしくなりましたとか無いから!不衛生!変な後味がすると思ったけど、具材がすえた匂いだったんだ。いつからだ?ずっとか?よく腹壊さなかったな!


「ウ……ウナギ?」


 ――しまった!びっくりしすぎて考えていること全部口に出してしまった。


「あの……残り物は腐っちゃったりするから、ね。捨てた方がいいよ。へへへ……」

「え? あ……そう、そうね。これからはそうするわ」




 俺と母さんの間に微妙な空気が漂った。




 ……そして、『金の星亭』のスープの味は改善された。


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