9#オレンジ色の風船に刻まれた、雄タヌキの壮絶な過去

 ・・・それはまだ、ポクが子ダヌキだった頃だった。




・・・・・・


・・・・・・




 バシッ!!バシッ!!




 苺畑を荒らされたと、怒った農家の人間がポク達タヌキ一家の巣穴に鈍器を持ってやって来た。


 その日ポクは兄弟と遊んでた。


   「ぎゃっ!」「!!」


 人間の鈍器が、兄ダヌキの頭を直撃した。


 即死だった。


 ポクは、慌ててその場から逃げ出した。




 バシッ!!バシッ!!




 人間は次々と、他の兄弟ダヌキに手をかけた。


 ポクは震えてた。


 誰も助けようとも、自分に危害が加わることを怖れて震えていた。


 やがて、父ダヌキが血塗れの鈍器を持った人間の前に立ち塞がった。


 「ううーー!!」


 瀕死の兄弟に手をかけまいと、父ダヌキは激しく唸って威嚇した。


 しかし・・・




 ドガッ!!




 父ダヌキは人間に、渾身の力で蹴り飛ばされた。




 どさっ・・・!!




 父ダヌキは全身を地面に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。




 「・・・!!」




 子ダヌキのポクは、ただ震えた。


 兄弟はみんな死んだ。


 父ダヌキも死んだ。


  「母ちゃん・・・」


 子ダヌキのポクは呟いた。


 「おいらの母ちゃんはどこ・・・」


 ポクは、隠れてた草むらから鼻を付き出して周辺の匂いを嗅いだ。


 「母ちゃん・・・」


 子ダヌキのポクは思い出していた。


 母ダヌキといた時を。


 それは、ある晴れた日。母ダヌキは口に半ば萎んだオレンジ色の風船をくわえて帰ってきた。


 「なあに?なあに?それ?」子ダヌキ達は、わいわい集まってきた。


 そのすっかり小さく縮んだ風船を、母ダヌキは吹き口の栓を歯でポン!と取って、




 ふーー!ふーー!




 と、風船の吹き口から息を吹き込んだ。


 頬をはらませ、ゆっくりと、大きく大きく。




 ふーー!ふーー!ふーー!




 どんどんどんどん母ダヌキの吐息で大きくなる風船に、子ダヌキ達はきゃっきゃっ!と歓声をあげた。


 やがて、風船がパンパンに膨らむと、母ダヌキは栓を歯と前肢で吹き口で塞ぎ、




 ぽーん!!




 と、子ダヌキ達に与えた。


 「わーい!わーい!」


 子ダヌキ達は母ダヌキが膨らませた風船に群がって、ぽーん!ぽーん!と鼻で突いたり、脚で蹴ったり楽しんだ。


 風船が、子ダヌキのポクの目の前に転がってきた。


 「どんな味するのかな?風船って。」


 子ダヌキのポクは、パンパンに膨れた風船を前肢で抑えて歯で噛んでみた。とたん・・・




 ぱぁーーん!




 と、風船が物凄い音をたててパンクした。


 ボロきれになってしまった割れた風船に、子ダヌキ達はきょとんとして立ち竦んだ。


 「えーん!えーん!とんでもないことしちゃたぁ!!」


 大声で泣きじゃくる子ダヌキのポクに、母ダヌキはそっと寄り添って囁いた。


 「坊や、物事には何事にも『終わり』があるのよ。

 この風船もここで『終わった』のよ。」


 子ダヌキのポクは、割れた風船の破片を見詰めていた。


 「私達にも、きっと『終わり』が来るわ。だからそれまで、生きた『証』を刻んでしっかりと生き抜きなさい。」


 「母ちゃん・・・」


 ポクは、母ダヌキを抱き締めしめた。




 「母ちゃん・・・」




 人間に殺されて『終わって』しまった、目の前の兄弟と父を後にして、子ダヌキのポクは母ダヌキを必死に探した。




 「母ちゃん・・・」




 兄弟と父の躯の側に草むらに戻ってきたポクは、信じがたい光景を見た。




 「母ちゃぁん!!」




 今、正に母ダヌキが人間に鈍器で打ちのめされているところだったのだ!


 「や・・・や・・・やめてえ・・・!!」

 

 小声で叫べども、恐怖で脚が震えて動かなかった。


 やがて母ダヌキは、ぐったりと事切れた。


 「母ちゃぁーーーん!!」


 子ダヌキのポクは泣きわめいた。


 ポクの家族全員は『終わって』しまった。


 兄弟も。両親も。


 残るは、子ダヌキのポクだけになった。


 「?!」


 突然、人間はポクに向かってきた。


 「しまった!」


 人間はポクの気配を感じ、渾身の力で血の滴る鈍器を振り上げた。


 「ぎゃーっ!」


 子ダヌキのポクは必死に逃げた。


 死んだ家族の躯を後にして必死に逃げた。


 逃げて逃げて逃げまくった。


 「兄弟・・・父ちゃん・・・母ちゃん・・・おいらが意気地無しでごめんな・・・助けなくてごめんな!」


 母ダヌキの言葉が脳裏に過る。




 「物事は、必ず『終わり』が来るものよ。」




 ・・・おいらは『終わらせて』しまった・・・!!




 「ちくしょう!!ちくしょう!!」


 子ダヌキのポクは泣いた。


 大粒の涙を流しながら逃げた。


 孤児になったポク。


 結局、何もできなかった自分を悔やんだ。


 何でも逃げてばかりの、自分自身を悔やんだ。




 

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