包丁・ハサミ・カッター・ナイフ・ドス・パラ

武論斗

包丁・ハサミ・カッター・ナイフ・ドス・パラ

 誰か、録画を撮っていたのなら見せて欲しいんだが――



   ※   ※   ※   ※   ※



 シューッ。

 消臭剤を吹く。

 薄暗い部屋、モニタの電光のみを頼る。

 匂いがやたら気になる。

 日中の気温が上がってきた影響か。

 冬の間では見られなかった名も知らない羽虫が湧く。

 チッ!

 舌打ちをする。

 湧いた虫と充満する嫌な匂い、そして、モニタに映ったWEBメールに対して。


 ――いったい、コレはなんなんだ!?


 今迄使っていなかったパソコン用のフリーメール。

 サイトを利用するため、メールアドレスが生きているかどうか確認する目的で開いてみた。

 重い――

 WEBメールの動きが異常に重く、緩慢。

 なんだ、コレは?


 未読メールが150,000件以上――

 尋常ではない受信数。


 プロバイダメールが使いづらかったため、フリメで登録した通販から購入した、このパソコン。

 購入後、使用頻度の少なさからこのフリメは利用せず、放置。

 放置後、即ち、パソコン購入から約1ヶ年ちょっと経った今、開いてみたメールには、15万件以上のメールが届いている。

 その内ほとんど、99.9%以上の送り主が『』。


 このパソコンの購入先。

 新品から中古、どんなパーツでも手頃な価格で手に入る上、ショップ展開もしている有名店。

 何度も利用しており、過去、全く問題なかった。

 しかし、このメルマガの量はどうしたんだ。


 さかのぼって調べてみる。

 当初、2~3日おきに1通のペースで受信している。

 多いといえば多い方だが、それ程、気になるボリュームでもない。

 その調子で約1年程、時節やキャンペーンの類で多少多く受信している時期もあるが、目立った量ではない。


 しかし、1年経った頃、丁度1年経ったあたりから様子がおかしい。

 いや、正確には、この1週間以内だ。

 一気に受信メールの数が増えている。

 増えている、なんてレベルの話じゃない。

 爆発的。

 1日に100件、1,000件、10,000件…なんだコレは。

 今日だけで10万件…まだ、今日という日は終わってもいないのに。


 ――重い。

 膨大なスパムメールのせいでブラウザの動作がハンパなく重く、操作と反映迄のタイムラグが凄まじい。

 イライラする。

 ――シューッ!

 消臭剤を部屋中に撒く。

 思い通りに動いてくれないブラウザと匂いが気になって、余計にいらつく。


 おっと――

 そもそもこのフリメが生きているかどうかの為に覗いたんだ。

 スパムの調査と処理は後回し。

 受信メールのチェックボックスを一括で全て選択、最新のスパム幾つかのみチェックを外し、削除。

 削除処理迄、時間が掛かりそうだ。

 暫く、放っておこう。


 さて。

 ――本題。

 実際にこのフリメで登録し、サイトからメールが届くかどうか。

 サイトは全てロシア語で表記されている。

 このロシア語に使われているキリル文字ってのが実に厄介だ。

 アルファベットに慣れ過ぎていると、どうしてもそっちに引っ張られ、文字と発音とが一致しづらい。

 ついでに入力が面倒。

 殆ど、コピペに頼らざるを得ない。

 地道に翻訳しながら登録手順を確認。

 緩やかに入力、恐る恐る送信してみる。

 

 ――来た。

 届いた、問題ない。

 トロトロと登録作業を行っていた為、スパムメールの削除処理も終わっていた。

 スパムメールの幾つかを残しておいたのは、メールスタンドから退会処理を行う為。

 敢えて残したスパム以外、新着、そして既読となったメールは、仮登録、本登録、登録完了の3つ。

 全く問題ない――


 ――かのように見えた。


 ん?

 新着メールが1件。

 送信先はまたも“ドスパラ”から。


「またかよッ!」


 少し大きめで強めの独り言。

 つく。

 なんのつもりなんだ、このスパムは。

 確かに、メルマガの送信を許可はしたが、ここ迄酷いと無性に腹が立つ。


 ――また。

 また、1通、届いた。

 飽きもせず、ドスパラから。

 つく。

 さっさと登録解除したいが、その前に優先すべきことがある。


 本登録したサイトにアクセス。

 こっちが重要だ。

 ここ数日、必至に探したアングラの中のアングラ、キング・オブ・アングラサイト“Скопцыスコプツィ”。

 18世紀、ロシアに現れたキリスト教の一派でカルト宗教として異端視され、去勢教とも揶揄される恐るべき宗派の名を冠したウェブサイト。


 サイトのメインサービスは、SNSを基本とした動画投稿や生放送、個人間商取引、資金集め他、何よりも秘匿性が高い。

 別サイトの仮想通貨サービスを差し、PayPalで換金もできる。

 これを探すのが大変だった。

 何より、過ぎてGoogleから弾かれインデックスされていない。

 いわゆる、違法サイト。


 アカウント名、『Parapsychoパラサイコ』。

 プロフィール他、ようやく一通りの設定が終わった。

 ショップのイメージは、やはり感じに。

 これで望みのサービスが利用できる。

 一服しよう。

 フーッ――

 ヤニのおかげで少し落ち着いた。

 落ち着くと、また部屋の匂いが気になる。

 ――プシューッ!

 消臭剤。

 気温が上がってくると匂いが気になる。


 さて、と――

 処分、だ。

 “”の登録。

 撮影済みの写真と今の状態を撮影、これをアップする。

 価格は……適当でいい。

 とは言え、送料は別。

 通貨設定はユーロ。


 しかし、これだけではアクセスは期待できない。

 そこで記録済みの動画もアップ。

 なかなか、いい。

 よく撮影できているし、臨場感も抜群。

 このアップした動画から関連商品としてリンクを張る。

 タグの設定も、各国の言葉でっぽいものを登録。

 同じ手順で次々に動画を投稿し、商品リンクを設定。

 関連動画も自分の投稿動画一色にする。


 取り敢えずは完成。

 精肉解体真店Parapsycho Butcher Shop(仮)、グランドオープン!


 世界初の“”販売店。

 “仕入れ”から“解体”、精肉の販売迄、もちろん、そのプロセスに至る迄をも公開。

 “天然もの”だけを扱う、安心・安全をモットーにお届けする世界初の肉屋。

 もっとも、衛生管理と品質管理に関しては、の為、保証はできない。

 こちらに関しては、このサイトのクラウドファンディングを利用して充実させる予定。

 いずれにしても、肉は腐りかけのほうが美味い。

 これはこれで良し。

 それにしても、臭い!

 シューッ!

 消臭剤がすぐになくなる。

 買い溜めてあるから問題ないが。


 どれ、動画の再生数は?

 上々。

 スナッフフィルムは反応がいい。

 但し、これは厳密にはスナッフフィルムではない。

 娯楽目的ではなく、商品の“真贋”確認用。

 をお届けするのが、このショップの

 娯楽・享楽目的ではないはスナッフではなく、食材紹介の的確なレポートなのだ。


 俺は娯楽目的で殺人など冒さない。

 確かに、この食材に限っていえば、だった。

 処分に困ったのも事実。

 しかし、これからは違う。

 販路が確保できれば、食肉販売業者のプロフェッショナルとして喰って行くつもり。


 取り敢えず、にはしたものの、トイレに流すわけにも、ゴミ捨てに出すわけにもいかない。

 だったら、売ればいい。

 商品として発送、それが海外であれば益々いい。

 真空パックでダンボールに入れ、ドライアイスでも添えておけば凌げるだろう。

 PCパーツ、そう銘打っておけば大丈夫だろう。


 ――おっ!?

 そうだ、迷惑メール。

 スパムの送信先のドスパラにあやかって、ショップ名は『ドス』にするか。

 バラ肉のバラ売り、ってことで丁度いい。

 ランチョンミートスパムを送りつけるって意味でもしっくりくる。

 ショップ名を変更。

 よし!

 ミートショップ『ドス』の開店、だ!


 おいおい――

 勘違いしないでくれよ。

 俺は、人肉なんて喰うつもりは毛頭ない。

 そんな趣味なんて持ち合わせていない。

 俺は、至って“”だ。

 あくまでも、提供者。

 そういう連中の為に、俺が代わって提供する、それだけ。

 確かに、、とは思う。

 そういう意味では、人を食った態度かもしれないが。


 さあ、メインディッシュに取りかかるとするか。


 ライブストリーミング配信の準備に取りかかる。

 準備していた訳ではないが、このパソコンには内蔵カメラがセットされている。

 これで十分事足りる。


 ――頭部。

 “”だけは、いまだ手をつけていない。

 切り離した状態のまま、“”だけは冷蔵庫の野菜室にブチ込んでおいた。

 損傷はなく、瑞々みずみずしい。

 新鮮、だ。


 これを生放送で披露する。

 解体ショーの生中継。

 なに?

 狂ってる、って?

 勘弁してくれ。

 マグロの解体ショー、アレの食いつきの良さ、知らないとは言わせない。

 大したサイズでなくても、それ程良質なものでなくても、マグロの解体ショーを見た者は、それを注文する。

 実演販売。

 実演販売の反響はすこぶる良好なんだ。

 実に俺はクレバーだ。

 冴えてる。


 適当に包丁やハサミ、カッター、ペティナイフ、彫刻刀、ラジオペンチ、ニッパー、千枚通し、ノコギリ、金槌、ノミなどの工具を用意する。

 にした時に使った工具類。

 変色してどれも毒々しいが、それもまた一興。

 準備は一通り揃った。

 それでは、開始――


 ――オンライブ。

 モニタ上部の内蔵カメラが起動していることを示す緑色のランプが点灯。

 カメラが取り込んだ映像のラグもほとんどない。

 ゲーミングパソコンを購入しただけあってグラボの調子は良好。

 美しい映像をお届けすることができる。

 もっとも、世界中に配信するのだから、ラグが生じるのは仕方ない。

 さて、公開、するか。


 映っているな。

 少ないものの、チャット欄には英語の書き込み、挨拶のようだ。

 スペイン語かポルトガル語か分からないが、そっち系のコメント。

 アラビア文字まで見られる。

 なかなかにワールドワイド。

 ちょっと映しただけで、ちらほらとコメントが書き込まれる。

 なかなか、俺の店は反響があるようだ。


 多少英語は話せるが、日本語で喋ろう。

 何せ、言葉よりも映像のほうが伝わりやすい。

 見せれば、分かるはず。


 おもむろに“首”をデスクに置く。

 作り物ではない本物の生首。

 これが実に、重い。

 これだけ重いんじゃ、首や肩も凝るわけだ。

 恐らく、頭の重さをリアルに知っているのはごく少数だろう。

 俺もその一人。


 一気にコメント欄が加速する。

 ほとんどのコメントが、どんな意味なのか理解できないが、上々の反応。

 興味津々、といったところか。


 んん?

 ブラウザの反応が悪い。

 やたら、重い――

 ――と思ったらフリーズ。

 ブラウザ上のカーソルが回転、読み込みに手間取る。

 暫く、映像どころか何も動かない。

 やがて、ブラウザが落ちる。

 内蔵カメラはつきっぱなし。


「なんだよっ!」


 デカめの独り言。

 原因は恐らく……スパムメールだろう。

 また、膨大に受信し、ブラウザに割り振られたメモリ量を超え、処理できなくなって落ちてしまったのだろう。


 ――頭にきた!

 後回しにしていた、このドスパラのメルマガを先に解除することにする。

 ブラウザを再起動し、WEBメールを開く。


 !?……

 あきれた――

 ほとんど削除したはずの受信箱に、新着メールが3万件以上溜まっている。

 その全てがドスパラから。

 最早、嫌がらせのレベルをとうに越え、キチガイ沙汰。


 取り敢えず、適当にクリックし、登録解除の手続きに入ろう。

 件名「新生活準備応援セール!あなたのデジタルライフを応援!パソコン買い替え応援キャンペーン!」を開いてみる。


「…!?な、なんだこりゃ!!?」


 メールの内容は、件名とはまったく無関係。

 ただ一言、こう書いてあった。


『絶対ゆるさない』


 送信先は、『ドスパラ - ドスパラ会員事務局<killyou@go2hell.com>』。

 ――成り済ましメール。

 これは、成り済まし、だ。


 最新メールを連続で開くよう、次々とクリックすると、そこに綴られている内容ははどれもこれも中傷ばかり。


『逃げられると思うな』


『呪ってやる』


『地獄へ堕ちろ』


『ころしてやる』


『目には目を、歯には歯を』



 実にくだらん――

 なんのつもりか知らないが、くだらん悪戯イタズラメールを送ってくるもんだ。

 よほど、暇人なんだろう。

 どれも送信先は同じ。

 こんなもの、迷惑メール登録してしまえば、それで終い。

 実に、滑稽、だ。


 スパム設定を実行。

 すぐに迷惑メールフォルダに新着メールが1通。

 そら、見たことか。

 これで、この悪戯メールは自動的に任意の期間で削除処理される。

 馬鹿なヤツ。

 これだけの量のメール、ご苦労なことだが、分かってしまえばなんてことはない。

 もはや、なんでもない、ただのゴミメール。


 ……しかし、1通だけだな、新着のイタメは。

 まあ、いいだろう。

 最後にこいつだけ、中身を開いてみるか。


!』


「うわっ!!」


 ――このヤロウ…

 驚かせやがって。

 思わず、うわずった声をあげちまった。

 既読設定でも仕込んでやがったのか。

 焦らすなよ、ったく――


 ――生放送開始。

 内蔵カメラは起動しっぱなし。

 映像に俺の顔が映る。


 なんてツラだ。

 なまっちろい虚ろな表情が映し出されている。

 我ながら、俺のツラはこんなにも不気味なもんかね。

 やけに画角が上からだ。

 モニタ上部にカメラがあるのだから仕方ないが、もう少し正面から映らんものかな。

 まあ、俺の顔なんか映す気はないからどうでもいい。

 首を、生首を映さにゃ。


 ん?

 これ、すでに放送されちまってるのか。

 コメント数が凄い。

 膨大なコメント数にチャットのスクロールバーが小さくなる。

 とても追えるような量じゃない。

 なかなか、心地いいもんだ。

 アレ?

 首が動かない。

 なんだ、コレ?

 声も出ない。

 どうなってんだ?


 1回放送を止めるか。

 あれ?

 クリックできない。

 指が動かない。

 いや、そもそも指が、手が、どこにもない。

 どうなってんだ?


 モニタに映った自分の姿を凝視。

 首だけ?

 おいおい、デスクの上に、俺の首だけ乗っかってるぞ!?

 鼻血や口許、目許から血を流している。

 デスクには夥しい血の海。

 横目でチラリと両脇を見渡せば、俺自身の手には包丁やハサミが握られている。

 俺の首下から伸びた頸動脈が、そのハサミに引っ掛かっている。

 なんだこりゃ!

 どうなってんだ、オイ!


 意識が朦朧もうろうとしてきた。

 まさか、俺は、自らの手で自分の首を切り落としたのか!?

 自殺?

 自殺したのか、俺は??

 生放送中に?

 嘘だろ!

 どうなってんだ。

 助けてくれっ!!!

 叫べない。

 声がでない。

 そりゃそうだ、肺に繋がっていないんだから、息を出せない。


 混濁する意識の中、俺は驚くべき事実に気付いた。


 ――臭い!


 部屋中が臭い。

 腐乱した悪臭が充満している。

 消臭剤を、消臭剤を撒かねば。

 臭くて臭くて、気がどうにかなりそうだ。


 そうか。

 首だけになっても、だけは、分かるんだな。


 ふふっ――


 誰かに教えてやろう……

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包丁・ハサミ・カッター・ナイフ・ドス・パラ 武論斗 @marianoel

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