ゲーム的僕ら

まりる*まりら

ゲーム的僕ら

 出会ったときから、彼は型破りなヤツだった。

 噂は小学校に入る前からきこえていた。幼稚園で泣かされた先生は山ほどいるのだと。

 乱暴者だから決して近づいてはいけないと、僕らは親たちから言いきかされていた。

 だけど同じクラスで初めて顔を合わせたときから、僕らは彼に夢中になった。とにかく面白いのだ。

 機転がきいて、先生の言葉にも即座に反応する。先生が矛盾したことを言おうものなら、彼は的確にそこを突いて攻めた。生まれてから十年もたっていないのに、彼の知識は大人も顔負けだったし、みごとなまでに多くの言葉を操った。小学生になっても、彼は何人もの先生を泣かせた。

 頭が良いというのはこういうことなのか。僕は彼をみて知った。


 走るのは誰よりも速かった。スポーツも得意なのだ。体育や運動会などでチーム分けをして対戦するときは、誰もが彼のいるチームになりたかった。絶対に勝てるからだ。

 瞳はいつもキラキラして、楽しそうに動いていた。いつも何かを考えていたようだ。

 僕らはみんな、彼が大好きだった。


 いばり散らす上級生にいじめられたクラスメイトがいた。

 彼はそれを知ると、僕らに言った。 

 ニヤッ、と不敵な笑みを浮かべて。

「なあ、そいつ、倒しにいこうぜ」

 僕らは彼と計略を練った。僕らはわかっていた。絶対に勝てると。

 上級生が泥だらけでボコボコになって泣きだしたときの達成感は、すごかった。

 後で大人たちから怒られたし、どうやらとんでもなく問題になっていたようだったが、そんなことはどうでもよかった。

 彼はみんなの正しいことのためにしか行動しない。決して卑怯なことはやらないのだ。

 それが駄目だと言われるなら、おかしいのは駄目という大人たちの方だ。


 小学生の六年間、僕らはすっかり彼に魅了されて、彼のようになりたくて、たくさんマネをした。

 彼は言った。ゲームみたいなもんだよ。たくさん考えて、やってみて、駄目ならまた考えて、やってみる。何回も。これは訓練というか、修行なんだ。やっているうちに、一番うまくいく方法が、自然にわかってくるようになるんだ。

 もちろん彼はゲームも上手かった。だけどあまりやらないようだった。所詮は誰かが作ったものだから、わかってしまうとすぐに退屈になるのだそうだ。


 僕らは、中学生になっても変わらない生活が送れるものだと、無邪気に信じこんでいた。

 だけど、彼は六年の終わりに突然いなくなった。なんでもできる完璧な彼でも、親の転勤に関しては無力だった。

 気のぬけたような生活が始まってしまった。学校とはこんなにも退屈でつまらないものだったのだ。

 彼の余韻が感じられるうちは、まだ良かった。彼がいればいいのにとか、あの頃に戻りたい、とか言えるからだ。時間がたつにつれて、記憶は不鮮明になっていく。記憶から立ち上がってくる感情もだんだん薄くなっていく。

 いつの間にか、彼のことを思い出すこともなくなっていった。退屈な授業、時間を区切って頭の中だけで終わる勉強。曖昧に笑い合うだけの人間関係。そんなものの中にどっぷり浸かっているうちに、いろいろなものが麻痺してくるのだと思う。


 僕らは、所詮、彼にはなれない。

 だけど、僕はひそかに、彼のマネを続けようとはしていた。誰にも知られないようにするのは、なかなか難しいことではあった。

 ひとつひとつを攻略するために、考えを巡らせることくらいしかできなかったけれど、僕の中で彼は、ずいぶん小さくなってはいたが存在していた。

 彼ならどうするだろう。どう考える? どう行動する?

 僕なりに、攻略していったつもりだ。

 それなりに頑張って進学校に進み、国立大学に入った。社名を言えば羨ましがられるくらいの会社に入社することもできた。


 ある日、小学生の頃の同窓会の案内がきた。誰かが懐かしんで発起人になったらしい。

 僕は少し期待した。

 だが、久しぶりに会った十数人の同級生の中に、彼はいなかった。

 彼の話題を出すと、けっこう盛り上がった。みんな楽しかったことは覚えているのだ。

 同級生のひとりが言った。

「だけど、今はどうしてるんだろうな。あのまま大人になったら、社会でうまくやっていけないんじゃないか」

 それに賛同する者は幾人もいた。

「そうなんだよね。正しいだけじゃ駄目なんだよな」

「あんなやり方を続けてたら、今頃生きていないかも……」

 そうやって、彼を貶める。

 彼の思い出が貶められる。

 僕は思った。

 こいつらは、もうすっかり忘れてしまっているんだ。駄目だった許せない上級生や大人たちに同化してしまっている。

 だから黙っていた。

 黙っていることも、すでにその仲間なのだとわかってはいたけれど。


 同窓会の案内は、それからも度々届いたけれど、僕はもう行かなかった。

 仕事は忙しく、やりがいがあった。それなりにうまくいっている人生だと思っている。

 それでも、年はとる。

 年々、体力が落ちていくのがわかる。体力は鍛えればなんとかなるからまだいい。問題は気力だ。続かない。集中力がなくなっていく。

 年をとるというのは、こういうことなのだと、年をとってから始めて知る。

 僕は、このまま、ただゆっくりと落ちていくだけなのか。

 仕事ではそれなりに責任のある立場になっていた。忙しい中で家庭も持ったし、子供はあっという間に大きくなっていった。

 ぼんやりとした焦燥感がある。 

 鏡の中には、良く言えば落ち着いた、悪く言えばくたびれた中高年の顔がある。

 僕はこんな顔をしていたんだったか?


 ある日、休日出勤をして夕方の早い時間に帰宅していたときだった。

 僕は、思わず声を上げた。

 一日に何万人もの人が出入りする大きな駅だ。だけど、僕は見つけた。

 彼だ。

 駆け寄って、声をかけた。

 驚いたような顔をして振りかえった彼の顔は、昔の面影のままだった。

「おお! 懐かしいなあ。元気か?」

 声もそのままだ。いや、さすがに子供の頃のままではない。だけど、変わっていない。

 彼は僕のことを覚えてくれていた。これほど嬉しいことはない。僕は彼を飲みに誘った。

 話をききたかった。

「もちろん、いいぜ。どこに行く?」


 同級生たちが彼に会ったら、驚くだろう。なにしろ、彼はちっとも変っていなかったからだ。

「あちこち行ったよ。海外も長かったし、いろんな国で、いろんなことやったなあ」 瞳をキラキラさせながら、彼はいろいろな体験を話してくれた。まさに彼にしかできない人生だった。

 何軒か店を替えて飲み歩いた。けれど、終電。

「近いうちにまた会えないか?」

 別れ際、僕は言った。このまま彼と切れてしまったら、残念すぎる。

「おう、いいよ。今はちょっと暇だからな。いつにする?」

 次に会う約束というのは、嬉しいものだ。


 そうやって、何度か彼と飲み歩き、大いに喋った。

 僕が長年取り組んでいる仕事の内容を話し、それに関して小さな夢のような考えを話したときだった。

「それ、やってみればいいんじゃない」

 と、彼は言った。

 さりげなく。ビールのお代わりを注文する程度の気軽さで。

 僕は固まってしまった。

「俺もちょっと興味あるなあ。一緒にやってみるか?」

 ニヤッと、不敵な笑みを浮かべて言うのだ。彼は。

 絶対に勝てる。その根拠のない信念のようなものは、一体どこから湧いてくるのだろう。


 苦労は山ほどある。だが、苦労する楽しさというものがあることを、久々に思い出した。

 久々に同窓会にも出席した。彼ももちろん一緒に。

 みんなが驚いている。

 彼をとりまいて、わいわいと喋りだす。みんな話したくて仕方がないのだ。

 僕は長く連絡をとっていなかったから知らなかったが、同級生たちはNPO法人を立ち上げていた。地元に貢献するために、できることをやっていたのだ。

 驚いたのは僕の方だ。

 誰もかれも、あの頃のままじゃないか。

 

「ありがとう」

 一緒にやると言ってくれて、彼には感謝しかない。

「だってお前、あのときすっげえ熱かったぜ。だからだよ」

 そんなに熱く語っていたのか。

 僕も捨てたものじゃない。


 僕らは、今もずっと冒険をしている。

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ゲーム的僕ら まりる*まりら @maliru_malira

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