サブジェクティブ評価の是非
しかしサブジェクティブが社会で効力を発揮するのもまた、たしかだった。
その理由を、Necoの専門家である寿仁亜は知っている。猫はかつて自身を害した国立学府の同級生たちを史上初の人間未満に墜とした――そのとき、最後、猫が理論武装する必要があったのが、主観的評価、……こいつらは最低なやつだ、人間ではない、クズだというところだった。
どう見てもほら、こいつらはクズですよね。
その主張に、当時のひとびとの多くはうなずいた――だから多くのひとびとが、彼らの人権を奪うため、まずは法律の改正に一票を入れた。それが、高柱猫がつくる新時代の幕開けだった。
だから、サブジェクティブはなければならないのだ。
オブジェクティブだけでひとを評価するようになれば――若き高柱猫をひどい目に遭わせたやつらさえ、優秀で将来有望な国立学府の学生だからというだけで、人権が奪えないのだから。反省して、新しく歩みだす可能性というのは常にゼロにはならない。だからこそ、オブジェクティブだけでは、どうしても裁けない存在が出てきてしまう。
それを、高柱猫は変えた――大きく変えた。サブジェクティブの考え方は、初期の高柱猫の思想にはなかった。むしろそれはマザー・ルールが言い出したことだった。当初、高柱猫はサブジェクティブにあまり同意しなかった――若いころには、彼自身がひととの付き合いがあまり得意ではなかったからだろう。
しかし年を経て、アイドル時代も含め「人間未満」の概念を社会制度として確立させるために活動してきた猫には、たくさんの知り合いや縁ができたそうで、そのなかでサブジェクティブの考え方を取り入れていったのかもしれない。
いまでも、人間未満の確立にはサブジェクティブは欠かせない。
オブジェクティブに表れない評価、数値というのは確実にある。
もちろんオブジェクティブが優れているのは優秀者としての前提条件とも言える。だが、オブジェクティブのみでの評価を許すのであればそれこそ、高柱猫を害したやつらがまた社会に現れる、そのことを、許してしまうことに直結する。
サブジェクティブは、無視できない。
それが、いまの社会のベースなのだと、寿仁亜は理解している。
……どんなにまったき社会でも、あるいは完璧に見えるような社会でも、どこかしらに現実的な不具合、言い換えれば、歯車の軋みが生じることは否めない。
そういうものを潰すことこそいまの社会の使命なのかもしれないが――そういうことは、社会学者に任せておけばいいとの風潮で。寿仁亜もいろいろ考えたりはするが、……けっきょく自身は、プログラミング言語としてのNecoの専門家でしかないのだと最後は自覚するのだった。
より完璧な社会を目指して。
高柱猫を見習って、これからの社会はどんどん良い方向に変わっていくだろう。社会評価の式、社会評価ポイントの制度自体もどんどん見直されている。技術の進歩のスピードに従って、ひとびとの変化も、社会の変化も加速している。
いずれは、サブジェクティブにも手が入るだろう。
いくらサブジェクティブ――特にスペシャル・サブジェクティブがあったところで、オブジェクティブがてんで駄目な、無に等しい、というのはつまり他者の成果を食い潰すだけの存在が人間として生き続けていることは、まあおかしいと言えば、おかしい。……おかしいよ、と社会学の専門家たちも公務員たちも一般のまともなひとびとも、言い続けている。それはごくごく当たり前の感覚で。雑談よりは少し突っ込んだ話をしようと思った場合、これからの地球の環境再生が楽しみですね、とかいった、なんてことのない、当たり前に相互了解を得られるのであろう話題で出される、そんな程度のレベルのもので――。
社会はひとびとの考え方によって変わっていく。
現実的に、変わっていく。
だから早かれ遅かれ、サブジェクティブ評価も衰退していくのかもしれない。あるいは、変わっていくのかもしれない。
だが、若き高柱猫を害した――人類史上はじめての「人間未満」を認定することができた、その成果に多大な貢献をしたサブジェクティブ概念を、……簡単に、撤回するのも難しいだろう。
そういうわけで――いまは、サブジェクティブという概念は社会で生きている。
来栖春も、だから家族、おもには父の咲良の能力によるスペシャル・サブジェクティブによって生き延びた。
ほんとうならば、たとえばすこし時代が遅かったら、たとえばもっと常識的な感覚を持ち合わせる家庭であったら――人権を制限されそれでもどうにもならなければ剥奪されていたであろうことは、普通のこととして、……容易に想像できた。
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