とっさのつぶやき
散々やられた。
散々、としか言いようがなかった。これでもかこれでもか、というほど。終わらせてくれると思ったら終わらせてくれない。今度こそもう終わらせてくれるだろうと思っても、終わらせてくれない。きりがない。はてがない。どこまでも続くように思わせる――それはたしかに、彼らの姉のやり口に似ていた。……彼女も、どこまでも放課後を延ばすのが好きだった。僕にとっては地獄の時間を、彼女にとっては楽しい時間を、延ばすのが、……好きだった。
罵られ暴力を受け。精神的にも肉体的にも、痛みを受け。
ああ彼らはたしかに血のつながったきょうだいなのだ、と。なにも、こんなとこで思わせてくれなくたって――いいのになあ。
そしてはたして、彼らは去った。
……ようやくだ。去ってくれた。
それは、つくりものみたいな陽がようやく落ちきったときのことだった――まだ紅色の余韻はあるけれど、消えていく、溶けるように夜の帳にまじわっていく、……この冷たい世界がもっと冷え切る夜がやってくる、硬質で静かで、でもだからこそ――集中できる、世界だ。
やっと。ようやく。
彼らは、暫定的罪人だとかなんとか言って僕をまた縛りつけていった。昨晩までとおんなじ対応だ。……もっとひどくならなかったことには、ひとまず、安堵したけれど、でもこの体勢だってそれなりにキツいのだ。
柱みたいに大きな棒が立てられていて、縄がぐるぐる巻きにされて固く固定され、石みたいに硬くなった縄は僕の両手を縛るためにあって、だから僕は両手を万歳する格好でやっぱり縛られている。
……寒くて死なないようにと一応下着と肌着だけ着せられたけれど、意味あるのだろうか、これ。こんな薄い布で。たぶん意味はない。知らないのだ、水晶の広場の夜がどんなに冷たいか。あるいは知っていて――そっか、生命のギリギリのところを攻めているだけかもしれないな、よくできている、うん、……とても、とってもよくできているよ、賞賛したくなるくらいに。
原始的だけれど、いや、だからこそだろうか、確実に苦しい。そして逃げられない。一時間に一度か何分に一度か知らないけれど、ときたま様子を見に来るやつらがいるけれど、そんなことするまでもない、普通に、……逃げられないよ、こんなの。
だから見張りになんか来なくっていい。僕の様子を見に来て、笑わなくたっていい。僕の様子を笑うために見に来なくっていい。僕のことは――ほんとうは、無視してくれればいいだけなのにな。
ひとびとは最後に僕を一瞥したり唾を吐きかけたり指をさしたり裸にされた僕の身体的特徴を貶める発言をしたりしながら、和気あいあいとしたアットホームな雰囲気でどこか、公園のなかにあるというあたたかい場所に去っていった。司祭が先導して、みんな、ずらずらとついていく。
最後の笑い声が、遠くに溶けていった。
まるで高校二年生の修学旅行の夜みたいだった。
僕は両手を固定されたまま、それでも、ずるずると崩れ落ちる。崩れ落ちることができる、ところまで。
「……だめだ……こわれる……」
ひとの気配がなくなって。
最初に口から飛び出てきたのは、自分の意思というよりはもうほとんど漏れ出すかのように出てきてしまったのは、そんな、本音だった。
……聖人君子なわけじゃない。
やめてほしい。やめてほしいんだ、ほんとうに。慣れたとか言ったってそれは、ほんとうのところ鈍くなっただけで、だから、ほんとは痛みが止んだわけではない。
鈍くなったのはどうしてかって、生きるためだ。痛いままでは生きていけない。おかしく、なってしまうから。
でもじゃあどうして生きる必要があった?
その問いかけに――僕は答えられるか。
……答えられない。
答えられないよな。
そもそも死んだほうがよかった人間なんだから。
畜肉処分に申し込もうとして――死ねなかった。死にぞこないだ。あのときはたしかに母さんが止めたから死ねなかったのかもしれない。
でもそのあといくらでもチャンスはあった。なぜ僕は死ななかった? 死ななかった? 死ななかった? 死ななければならないのに――死ななかったんだ?
……それは、南美川幸奈の状態に、本来は僕がなるべきだったという、強い衝動にも似た感情を、またも思い起こさせる。
鈍いままでよかったんだ。きっと。
痛みなど思い出さなくて済んだから。
そっちのほうが、楽だったから。それなりの人間になったふりをして。それなりに生きて。それなりの、からっぽな人生を送れるだけで、きっと僕の人生は、本来、万々歳だった。
極限状態の肉体と思考で――僕はあっさりとまた、人間であることを、生きることを、……手放したくなっている。
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