猫よ(7) 島へ

 よくある、話だったはずだ。すくなくとも、途中までは。



 大学一年生。気の合った友達と、夏に旅行に行く計画を立てる。それもごく少人数というわけではなく、わいわいがやがやとできる、……仲間たちと。

 それは、僕にはよくわからないもの、……最後まで経験できなかったもの、ではあるけれど。でも、そういうことがそう珍しくもなく、大学という場所、大学一年生という環境で起きる、ということは……僕も、よくよく、理解できる。


 行き先は、南にあった無人島。

 家族水入らずならぬ、仲間、水入らずでさあと――仲間うちのリーダー格のようだった青年は、提案したらしい。


 無人島なら、他人の目を気にせずに、騒ぎ放題。それは彼らにとって、とても魅力的なことだと、みなで語った――いや、正確にはそのときもう猫、アンタだけは騙されていたんだから、……犯されているという、手はずになっていたのだから、



『なにも知らなかったのは僕だけというわけ』



 そう、そうだ、アンタ自身も、……そう述べていた。


 自嘲とも、皮肉ともつかず。静かで、淡々とした筆致で。でも。だからこそ。どうしてだろうか。やたら嘲ったり皮肉ったりするときよりも、もっともっと奇妙に痛く――彼の言葉は、響く。



 いいね、いいね、無人島、いいね。

 そんなノリで彼らは大盛り上がりしたという。なにも知らず、盛り上がっていたのは猫だけ――というわけでも、ある意味では、……ないのだろう。彼らは猫のその内面は男であると知っていて、それでいて――その身体をどうするかということばっかり、考えて、考えて、内心では、……盛り上がっていたのかもしれないのだから。


 いいね、いいね、無人島、いいだろう。

 そんなノリで話は進んだ。

 無人島をレンタルすることが、可能になったとわかり――彼らは国立学府のキャンパスで、踊るようにはしゃいだという。

 その無人島の所有者は、リーダー格だった青年の親戚のもの。

 格安で、貸してあげるよ、と言われたんだって――その彼は、すげえだろ俺、と笑ったんだ、という。



『張り合いが出たよ。毎日に』



 仲間たちと過ごすキャンパスライフ。しかもその仲間たちは、生まれてはじめて自分自身を真に理解してくれた、大親友たちで。

 真面目なことだって、遊びだって、なんだってできた。

 彼らといれば、そう、なんだって。

 なんだって――。



『国立学府はさ、七月に一度大きなテストがあるんだけど。学校のテストってさ、仲間と騒ぎながらやると、あんなに楽しいもんなんだなって俺は思ったよ。それまでの学校のテストっていうのはなにせひとりで孤独にやるものだったからなあ。びっくりしたよ。テストというノルマでさえ、楽しくなるんだ』


 ノルマ――高柱猫は、テストのことを、そのように表現していたけれども。


『早く、明日が。いや、旅行に行く予定の八月が来ないかなって、願う日々ははじめてだった。いまも、すでに、楽しかったよ。でも……あいつらと過ごす水入らずの時間は、いままでの人生で予想もつかないくらい、楽しいだろうって、信じて疑っていなかったんだ』


 もうすぐ、もうすぐだ。

 テストが終わって、そして、そして……みんなと旅行ができる。

 最高の、生まれてはじめてできた、ほんとうの意味での同性の、気の置けない仲間たちと!



 そのあいだ。

 その彼らというのは、いわば舌なめずりをしていたようなものだ。


 もうすぐ、もうすぐだ。

 テストが終わって、そして、そして、そして……犯せる。

 目の前のこの身体を、……好きなように、めちゃくちゃに、できる!




 ……事実、そのように。

 彼らは、そのように、したのだから。




 そして、運命の日が、やってきた。

 彼らは、いっしょの飛行機に乗り込んで、南の自治体に辿りつき、わいわいがやがや、はしゃぎながら。揃いのお土産ものなんか、互いを小突きあいながら、買いながら。

 離島につながる、船に乗って。

 その離島から、プライベートで頼んだ船に乗せてもらって、無人島へ。



 青い海。白い雲。

 どこまでも広がる空。壮大に繰り返す波。

 天気はよく、なにもかもが、絶景だったのだろう――そんな日のことを、どうしてか僕は、……想像、してしまうのだ。



 船を操縦した人は、離島の住人だったという。気のいいひとで、彼らをみな、気さくに笑わせるのだった。

 笑いに満ちた、なごやかな、ひとときの船の時間が終わり――無人島に着いたとき、その人は、リーダー格の青年の名前を出して、あらためて確認したという。なんとかさんに、聞いている通り、と。



 三日は、迎えに来ないから――それでいいね?



 いいよ、とリーダー格の青年は白い歯を見せて、爽やかに、笑ったのだという。

 もう、彼を犯すことを――わかっていて。



『もちろん、なにかあったら、すぐに連絡しなさいと言ってくれた。島からこの無人島まで二十分もかからないんだから、って』


 猫は、続けた。だから僕はそれに縋ったりもしたんだけど――と。


『……でも、まあ、それは、無駄だったね』




 そうだ。歴史上。その通りに、……なったのだから。

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