裁きの対象

「ありがとう、ありがとう。みなさん、ありがとうございます」


 司祭はそう言って、左手を腕ごと、天高く上げた。

 右手もそのように上げたままで、下げていないから――両腕をぴんと伸ばして、天に向けている格好になっている。

 そんな格好で、目線はもちろん、首ごとこちらに向き直った。


「……さて、この場のみなさんの総意は、あなたを許さないということですが――来栖春さん?」


 僕は、黙っている。

 その目線をわずかばかりの時間なら、見ていることができた。

 でも、すぐに駄目になった。僕は、すぐに、……うつむいた。



 こうして足元ばかり見ている。



「来栖、春さん。顔を、上げてください!」



 ばちり、と。

 目の前で、なにかが弾けた。花火のようななにかだ。さきほど葉隠さんに手を伸ばして、そのときにも散ったそれ――瞬間的な眩しさと熱さと痛みとともに顔を上げろだなんて言われたものだから、僕はほとんど反射的に、その通りにしてしまっていたのだ。


 司祭が左手をこちらに向けていた。銃口みたいに。じっさい、その指先からは――温度の高いものを扱ったあとの、人体には不自然な黒煙が、出ているのだった。


 司祭は得意そうな顔をしていた。……妙に。


「いまはあなたのお話をしているんですよ。そんなふうに、ひとごとみたいに、しないでください」


 僕は、うつむいた。

 するとまた花火が散るのだ。

 眩しさに、熱さに、痛みに、喉の奥で呻く。両手の拳を握りしめていると、また散る。その繰り返しだ。にど、さんど、いや、四回か五回は――そのように、されたのだろうか。


 悟った。暴力だ――この世界においては司祭は異常な能力を発揮できる。おそらく化や真がなんらかのかたちでその力を与えているのだと思うと、……頭の痛い気持ちしか、ないのだけれど。



 暴力だ。そうやって。言うことを。……聞かせようとしている。



 僕は、ゆっくりと。

 顔を上げていった。


 僕は視線を司祭以外にはけっして向けまいとしていたけれど、でもそれだって、この場にいる人間たちがみな、僕に注目しているのがわかった。



 司祭が、訝しげにちょっと首を傾けた。



「……なんですか。その、目は」



 司祭は、眉をひそめる。



「なにか言いたいことがあるなら、言えば、いいじゃないですか。弁解の時間なら、与えますよ。それが厳正にして公正な、このゲームのルールなのですから」

「……とくに、……ありません」


 僕は、口もとだけでちょっと笑った――そのことが、司祭の逆鱗にふれてしまったようだった。一気に――その表情は激情があらわになる。


「ない? ああ、そうなのですね、そうなのですか。じゃあ、いいんですね? ほんとうにいいんですね! あなたは弁解もしない、言いわけもしない、説明だってしない、なにも、なあーんにもフォローしない! ……自分自身が裏切り者だということを認めるのですね?」


 僕は、答えの代わりに口もとの笑みを深めた。

 司祭の顔が、ますます歪む。


「だから、なんですか、その目は!」


 僕は、その言葉には、応えなかった。

 代わりに、言葉を重ねた。


「弁解も、言いわけも、説明も、フォローも、こちらからはとくにありません。裏切り者だと呼ばれるならば、……僕には、なんのことだかわかりませんけど、あなたがたから見れば、そういうことになるんだと思います」

「いいんですね? そんなことを言っていればあなたを許す人間なんかいなくて」


 わあっと、自然に拍手が沸き起こった。……不自然なほどに。

 そして、司祭がもういちど話し出すと、ふっと、やむ。


「許されなかった人間はさばきのサクリィの対象になりますよ。もうそうなってしまえば来栖春さんは手遅れですよ。裁かれるんですよ!」



 僕は、視線を下げた。南美川さんが呆然として僕を見上げている。僕はちょっとうなずいて、いいんだ、という意思を伝えるために、事前に決めていたリードのシグナルを、二回、三回、おこなった――南美川さんはそれではっとした顔をした。

 最初はすこし左斜めに引っ張って、次に上にちょっと強めに引っ張る、そしてそのときのリードのたわみを利用して左斜めに、ちょっと引く。これがワンセットで、だからそれを三回やったということは。

 だいじょうぶ。だいじょうぶ。わけは言えないけれど、だいじょうぶ――そういうニュアンスになる。そう、だいじなのは、――これが三回続いたら、とにかくいまは僕のやることに従って、ということに、なるのだ。


 一見すれば絶望的なのだろう。だから、南美川さんがそんな顔をするのも、わかる。とりあえずここでなんでもいいから司祭に聴衆に取り入っておいて、逃れたほうがいいというのも、わかる。――けれども。



 けれども――もうここまできてしまっては、そういうことは無意味だと判断せざるをえない。

 それよりは、賭けたほうがいい。僕が、ほんらいおこなおうとしていたことに。毎日、真夜中、すこしずつつくろうとしていることに。もちろん危ない橋だ。危険なことだ。けれども――全体的に見れば、ここで彼らに迎合してしまうほうが、……たぶんマズいことになる。


 とはいえこうなるとは正直思っていなかった。起こるとしても、もっと数日先だろうと。まさか、……こんなふうに、僕への不信が沸き起こるとは思っていなかったのだ。さすがに、堪えるな、これは、……直視をしたくない、だからとにかく先のことを考えようというほどには――直視をしたくなくなる事実。



「……僕は、それでも」



 かまいません、と言おうとした瞬間。



「待って!」



 葉隠さんの、凛とした声が響いた。

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