どうにかしなければとはわかるけど

「そうなんですよ、カンちゃんの言う通りでしてね。この季節のこの寒さでこれから暮れてくっていうのは正直マズいって社会人のかたも思われません?」


 ……カル青年は、ずいぶん僕に対しても砕けてきたなとは思ったが。

 それはともかく、たしかに――彼らの言っていることはまったくもってその通りだ。

 僕にだって、ある程度は容易に想像できてしまうほど。



 一年も暮れに近い季節だ。いわば真冬だ。

 今日だってそんなに暖かいわけではない。どちらかというと芯まで凍える。南美川さんの身体にはどれだけこたえるだろうと今朝だって思いながら家を出たのだ。いままでの三日間でも南美川さんの手足と耳以外ほとんど人間の素肌の身体はたいそう冷たくなる。ぞっとするくらい。帰ってすぐに、暖めてあげたい――そう思っている僕のほうの気持ちが身勝手にもなんだかしんどくなってくるくらいに。


 都心の公園、というのもあまりよいこととは言えないだろう。

 ここの公園に来るひとたちは、なにもキャンプをしに来るのではない。そういう目的だったらもっと郊外の自然公園に行くだろう。都心という立地、ランニングや軽いスポーツ、ピクニックや散歩に最適のこの公園。まさか夜までがっつり過ごすつもりで準備をしてくるひとなどいないだろう――つまりしてみなせいぜいが数時間気軽に過ごすつもりの軽装だ、ということだ。


 加えて。

 子どもや年配のかたも見たところわりといるようだ――そして人権制限をされているひとたちも。たぶんだけど、寒さや、状況の変化に強いとは言えないたぐいのひとたち。

 ……ミサキさんのことを思う。いま見渡せる範囲にはいないけど、おそらくはどこかのベンチに座っているはずだ。あの、呆けたような顔をして――あのひとはNecoの通じないこの状況を知ったら、いったいどう反応するのだろうか。



 あらゆる意味において、たしかに、どうやらこの状況はマズそうだった。



「まあだから僕たちがどうにかしなきゃいけないんっすよ。Neco憲章にある通りね、こういうときには公共性の高い者が統率管理するのは、義務なんです、義務。怠ったら怠惰罪たいだざいに問われてしまう」

「そして僕みたいないちおうの専門性をもつ人間も、それに最大限に協力する……」

「そうですそうです、っていうかやっぱすごいですね社会人のかた! 対NecoプログラマーっていうのはNeco憲章まで一字一句覚えてらっしゃるんですか」

「いえ、その、僕は……単に、ゼミの教授が変人で、こういうのも試験に出したので……」

「えーっ、すごい教育ですね、それ。さすが、高い専門性をおもちのかたって違いますねえ」


 ……教育、というか。あれは単にあの教授がNecoが好きすぎるゆえに学生にもそこまでの暗記を強いた単なる欲望だったのでは――と僕は思ってるのだけど、そんなことまで説明するのは骨が折れそうなので、僕は曖昧にすこし笑っておいた。



「まあだからどうしようって、思ってるんすけど」



 カル青年は、広場に目を向けた――その横顔に浮かんでいるのは、疲労と、どこまでも面倒そうな困惑であるように思えた。使命感とか心配とかではなく、なにかもっと重たくて、ひとごとだと思っている……そんな表情。

 どこかで見たことのあるような表情。



「どうしようってだけで、話が進まないんですよねえ。だって僕ら、こんな仕事するためにやって来たんじゃないですもん。あくまで、あくまでですよ、人権制限者たちの体操の引率で、ここに来ただけなんですよ。だいたい僕はほんとうは今日だって帰ったら予定があって――」

「カル」



 カンちゃんさんが、至極簡潔に、それでいて至極的確にカル青年をいさめた。……カル青年にもそれだけで通じるのか、ちょっと呆れたようにしかし素直に、肩をすくめてそこから続くはずだったであろう言葉を止める。

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