むかしばなし(4)歌って踊って、笑顔がきらめいた。
そうしてネコさんは一躍、有名人になっていった。
ええ、それはもう、それはそれは華麗なステップを踏んでらしたわ――まるで舞踏会でダンスでも踊るかのように、ネコさんは、どんどん社会に出ていったの。のぼりつめていったのよ。愚かな私たちは――そのことさえも、ろくに気がついてなかったのだけど。
テレビでネコさんを見れない日はほとんどなかった。もちろん私はぜんぶ録画したわ、それはもちろん。
テレビだけじゃないのよ、いまでいうオープンネットの映像バンクの走り、当時流行ってた動画サービスでもネコさんは自主製作の動画をアップしていた。いったい何十万人のひとが、いえ、もっと、もっともっといろんなひとたちが、よね、だから、いったいどれだけのひとたちが――ネコさんがいろいろなことにチャレンジする、おもしろい動画を見たのかしら。
イベントとかも開かれるようになって、ネコさんは明るいキャラクターと上手なトークで、私たちみんなを楽しませてくれた。
だから、必然だったのよ。次にネコさんが果たしたのは正真正銘のアイドルデビューだった。すごいのよ、有名なプロデューサーがね、頭を下げてお願いしたっていうんだから。
私はねもともと三次元のアイドルというのは詳しくはなかったのだけど。あのとき流行っていた、秋葉原を中心としたアイドルグループとでもいえばいいのかしらね、そういうひとたちとオフィシャルに組んで、いっしょにライブとかやってた。
その過程をばっちりと記録した映像ドキュメンタリーもあった。私は当然見たのだけど、すごいのよ、ほんとにすごいのネコさんって。
もともと、お歌や踊りはけっしてお得意ではなかったらしいのだけど、必死の努力で当時のトップオブトップのアイドルたちと肩を並べる、いいえもしかしたらそれ以上の水準に、引き揚げたのね。
当日のライブ、私は行った。
話題になってたし、倍率もすごかったのよ。……私のような、普段は来ないひとたちだって、ネコさん目当てで来ていたしね。
……じつはね、会場の入り口で、転売しているひとからこっそり買ったの。チケットは、自分では手に入れられなくて。一ヶ月ぶんのバイト代をはたいたわ。……私はとても小さいけれどたしかに犯罪をしたということ。若気の至りというものよね、……社会的基準を破るだなんてネコさんに顔向けできない……。
でも、それでもね、たぶん、なんにも関係なく、いいえ、そう思えてしまえるくらいに、――ライブはすばらしいものだった。
声を上げては、飛び跳ねる!
手を振ったと思えば、かがみこんで、また立ち上がって両腕を突き上げる!
眩しいスポットライトより、ずっとずっと、輝いている!
真っピンクの服を着てね、歌って踊る、笑顔のきらめく、アイドル、私たちの、私の――ネコさん!
……私はね、いいなあって見上げるばかりだったけど。
だってね、私はね、若いころは、サブカルで、
……あら、なあにお若いひと、その視線は? ふふ、私にだって、そういう時代くらいあるわよ。
いまでこそ――こういう、ホワイトのワンピースもどきのTシャツとかね、シンプルな格好しかしなくなっちゃったけど。なにせ、事情がね――いえそんなことはどうでもいいわ、そんなこと、いまのそんなことより、……そうよ、ネコさん、ネコさんのことよ。ネコさんのことを、話しましょう。
やがてネコさんは本を出した。
そのいつもの明るくて天真爛漫なキャラクターからは想像できない、とても硬くて難しい、格調高い文体で――壮絶な半生をつづってあった。
びっくりしちゃったわ。
……そんなこと、ほんとうに、ネコさんにあったのかって。
いいえ、違うわ、――あっていいのか、って。
……いまでも、おぞましいわ。そして、泣けてくる。
ネコさんね、レイプ経験者だったのよ――。
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