むかしばなし(2)サブカル少女と、その番組。
私はねえ、ネコさんのことが大好き。
大好きだったのよ。
少女のころなんかね、……いまとなってはもう恥ずかしいのだけれど、
お写真をね、こう、自分のお部屋の小さな額に入れて……起きるときとか、眠る前とか。楽しかった日とか、つらかった日とか……飽きもせず、眺めていたわ。
……え、なあに? そのお顔。
……ネコさんの顔写真なんて出回ってたのか、ですって? ……ああ。なるほどね。いまの若いひとたちは、ネコさんのほんとうのお姿を、知らないんですものね……。
私たちの世代なら、ネコさんを見てわからないひとなんていない。見れば、すぐにネコさんだってわかる。
だって、あのひとはもともとは、……文字通りのアイドルとしてこの社会にあらわれてくれたから。
そうねえ、最初は、メディア、……深夜のテレビ番組……。
新しくできたばかりの大学で、
なにか、新しくておもしろい演説をしたとかで、
関係者に、引っ張られてきたとかで……。
私は、ひきこもってた二十歳の深夜に、ネコさんと決定的な出会いをしたの……。
深夜にやってた、暇を持て余した若者しか観ないような、
アニメオタクとか電車オタクとか地下アイドルとかメイドさんとかばかりを集めて、ちょっと有名なクリエイターに司会をさせて、
みんなを席につかせて、ただ、ただただおしゃべりするだけ……夢についてとか、オタクであることについてとか。
気持ち悪い声で、やかましい声で、……みんなできゃっきゃうふふってしあうだけの、なんの生産性のかけらもない番組。
そんな番組を、サブカルメンヘラ少女だった私は好んで観てた。
深夜、家族が全員寝静まったとき、
リビングにあった巨大なテレビの前で、
家のなかでもしっかりだぼだぼのパーカーを着て、両方の手のひらをしっかり地べたのカーペットにつけて、前のめりになりながら、両足を自分がかわいらしいと思う角度に曲げて……いまにして思えばあんなポーズ、まるでヒューマン・アニマルの四つん這いだったみたいなんて、思うの、……ふふ。
そんな番組を観てたって自分がどこへも行けないことはわかっていたの。ええ、当時流行った歌みたいにね。でも、それでも、……私はそのモニターの向こうがわに自分自身が行くことも求めて、……焦がれて、やめることができなかった……ふふ、……ふふふ。――大学ならちょっと合わないってだけで私は簡単に辞めてしまったのにね?
――その番組にはどこにも行けないひとだらけだった。私は、だから好んで観ていた。応援だって、たくさんしたよ。もともと単発の企画ではじまって、続行の見込みが最初はなくて、だからファンのみなさんの応援だけが頼りですってカンナナミキサーさん――ああ、その番組の司会のひとも、言っていたの。
だから私はなんでもした、自分にできることならなんでもしたよ。SNSのアカウントをとって、ひたすら拡散したし、匿名掲示板に口コミも書き込んだ。
――だからかな。私たちファンの応援のおかげできっと、あの番組は、なんだかんだで長く続くことができたのよ。ずっと、ずっとよ、ええ、……ネコさんが、卒業していくまで、そうね、だから、あのあと五年間くらいは――。
……思うにねえ。
ネコさんは、……あのとき、あの番組にあらわれたとき、
……フリフリのロリータちゃんで、声も見た目も、とっても、女子からすればとっても憎らしくなるくらいかわいい、アイドルにふさわしいものを持っていて、
……でも、それってセンターに立つアイドルのかわいさじゃなくって、なんというのかしらね、……サブカル、サブカル的なかわいさだったのよ、
私だって――ミサキだってああ生まれたいと思った、
けれども自分は女じゃなくってほんとうは男だと言う、
とっても苦しんでるんだってぴかぴかの笑顔と媚び媚びのアニメ声で言う、
冗談かほんとかあのときはわからなかったけど、……犯されることも経験済みだとかいって、きわどいことを言って、みんながドン引きしているうちに、いつのまにか場は――あのひとのものとなっていた、
どこにも行けないひとたちのなかで。
ネコさんは、いつのまにかひっそりアイドルデビューしてたの。
だから。あのときは。……ああこの女の子もどこにも行けない子なんだな、って思った。
思ったんだけど。……違ったのね。
ネコさんは――どこまでも私たちを連れていこうとしてくれていたの。
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