146話 最狂サンダードーム

 その何とも恐ろしげな人物らしきモノの招請に、この街の顔役たるカゲロウ=インスマウスが、深い皺(シワ)の刻まれた顔を上げ、その面(おもて)を強い警戒色に染めてから歪めた。


 「んんっ?バラキエル殿、何ですか?その、今言われた''密葬''という、独創的に決して穏やかでない渾名(あだな)の人物とは?

 まさか、まさかとは思いますが……バラキエル殿。貴殿、この館にて個人的な対外的暴力を子飼いになされておいでではありますまいな?」

 そう訊(たず)ねるカゲロウは、もはや気さくな物好き老人ではなかった。


 この殆ど詰問といってもよい言に、全く動じないバラキエルは

 「フフフ……いえいえ、まさか私のような只の小市民が、そんな大それた対外的暴力など抱えている筈はありませんよ。

 ですが、貴方に誤解をさせるような言い方をしたことは確かです。カゲロウ様、誠に申し訳ございませんでした。

 しかし、前述の密葬というのは、ただ当館で働く、少々気性の荒い従業員の渾名でございまして、それには何の実質も伴いませんので、どうかご心配なく。

 ではではユリア様。それから皆々様、どうぞこちらへ」

 と、サッと席を立ち、反論・有無を言わせぬ空気をまといつつ、更なる館の奥へと皆を誘(いざな)うのであった。


 そうして導かれたある部屋とは、ざっと見渡して三十畳はありそうな、思いのほか開けた空間であった。


 そこは、なるほど確かに、体育訓練室という名に相応しく、どこか殺伐とした雰囲気であり、打ちっぱなしで飾り気のない四方の白壁からは、恐らく運動用であろうと思われる鋼鉄の鎖や鉄棒やらが下がり、その床の至るところにダンベル・バーベルらしきモノらが鈍く光り、また丈夫そうな人型のサンドバッグらしきモノが点在するという、陰鬱で、暗く、大きな部屋であった。


 そして、ここに一足先に駆けつけた金髪の美青年のリョウトウが、壁を抉(うが)ったところに留め置かれ、部屋の奥まで多数点在する獣脂ランプ達に、テキパキと灯を点(とも)して行く。


 そうして、徐々に払われてゆく闇の中から現れたのは、このやや縦長の部屋の中央に仁王立ちにて屹立する大男であった。


 皆は初め、その長髪の男が脚立(きゃたつ)か何かに登っているのかと思った。

 だが、明るい灯が増えゆくにしたがって増しゆく光量によくよく見れば、その美しい顔には信じられないほど大きな体躯が繋(つな)がっていたのだ。


 それは、この館の他の男娼等とさほど変わらぬ大きさの美男の頭部を、恐ろしく鍛え上げられた巨大な身体が支えており、その有り様とは、あまりに"アンバランス"の一言に尽きた。


 そして、その男の着衣とは、粗目(ざらめ)の光沢のある、筋骨隆々たる身体に張り付くような漆黒の薄い長袖ブラウスであり、同じように筋肉の輪郭を際立たせるようなベルボトムのスラックスも黒一色であった。


 この明らかに二メートル半越えの巨人。その一体何頭身なのかさえ分からないほどの、呆れるほどに大きな四肢・胴体の男、これが"密葬の毒竜ザバルダスト"その人であった。


 このザバルダストは、獅子のごとき茶金色の豊かな長髪を揺らし、入ってきた光の勇者団に、遥かな高みより、恐ろしく小さく見える頭(こうべ)を慇懃(いんぎん)に垂れて

 「今晩は。私、この館の警護を任されておりますザバルダストと申します。以後お見知りおきを。

 この度は、武の頂(いただき)を志す戦士の端くれとして、伝説の光の勇者様と比武をさせていただけるという身に余る光栄。誠に感謝感激、誉れの至りにございます」

 と、彫りの深い美貌に穿(うが)たれた、ギラギラとした真っ赤な双眸(そうぼう)を、極めて不吉な色に輝かせた。


 これに顔面蒼白・気死寸前となったユリアは

 「えーー!?」

 と、そのまま後方へと卒倒しそうになった。


 「うっひゃー!コリャまたスッゴい筋肉だねー!!

 アンタさ、そーとー鍛え込んでんね!!?

 ふーん!へぇー!うんうん、コリャ大したもんだ!!」

 正しく、惚惚(ほれぼれ)とバラキエルの武力の懐刀を眺めるマリーナであった。


 また、その隣の片眼鏡の老紳士も唾を飲み込みながらザバルダストを見上げ

 「これはまた……独創的に恐ろしい益荒男(ますらお)のお出ましですな……。

 バラキエル殿、ユリア様の天才的武勇の資質を明示していただくとは、まさか、まさかこの勇士との雌雄を決するという訳ではありますまいな?

 それにしても、ここにこんな大巨人が居たとは……」

 このどう見ても体脂肪率一桁台にしか見えない、正しく戦闘だけに特化させた、凄まじく猛々しい筋肉塊とは、相対的に小さく見える頭部のせいで、ひどく異形ではあった。

 が、ある意味、確かに慄然とさせられるような美しさがあった。


 勇者団一行のうち、一番最後に入室を果たしたドラクロワも、このユリアと比べると、先(ま)ず一メートル以上は背の高い偉丈夫(いじょうふ)を見上げ

 「ウム。コイツは人間族にしては規格外だな。

 筋繊維、骨の密度もかなりのモノだ。フフフ……これは面白くなって来たな。

 よし、カミラーよ、ユリアの魔法杖を取り上げろ」

 と、世にも美しい女児にしか見えない僕に、極めて無茶な下知(げじ)を放った。


 すると、直ぐに「はっ!」という返事がして、瞬時にして混乱・当惑するサフラン色のミニスカローブの手から「あっ!?」という間もなく、杖頭(つえかしら)に粗削りな大きなルビーが穿たれた、捻(ねじ)くれた木製の魔法杖が没収された。


 バラキエルは、それに満足そうに眼を細めると

 「ではでは、こちらも戦支度といきますか。  

 リョウトウ、サリエル、ウリエル。ザバルダストの武装装具をここへ」

 一転して厳しい顔付きとなって、三人の男娼へと指示をした。


 すると、それら美しき男子三名は迅速に動き、部屋の西側の壁に設(しつら)えられた棚から、鋼鉄製と見られる巨大な手甲とブーツの一式を抱え、足早に部屋の中央の巨人へと駆けた。


 皆の注目するそれらの重厚なる武装具のうちには、剣、盾の類いは一切見当たらず、代わりと言っては変だが、その拳・爪先にあたる部分から、それぞれ鷲の嘴(くちばし)を伸ばしたような、一メートルほどの奇妙な鉤(かぎ)の一本爪が延びていた。


 そして、その巨大なアーチのブレードは無気味な紫に変色しており、何かとてつもなく不吉な鬼気を漂わせていた。


 それらを三名の男達から、四肢へと黙って装着される17頭身の超戦士は

 「それで、バラキエル様。私はどう闘えばよいのですか?」

 と、声まで鋼であり、実に威風堂々たる佇(たたず)まいで訊(たず)ねたのである。


 それにバラキエルは、細面の顎を撫でながら

 「そうですね。この一戦、漠然・漫然とやられると極めて危険ですから、勇者様に失礼のなきよう、貴方は全身全霊で死力を尽くし、ユリア様を殺す気で闘いなさい」

 平然ととんでもないことを宣(のたま)ったのである。


 「ここここ、殺す気ぃ!!?ちょ、ちょっと待って下さいっ!!

 それってどういう意味ですかー!!?

 ちょっとバ、バラキエルさん!?ななな、なんでそんなことを言うんですか!!?

 第一、魔法もなしでどうやってその人と闘えって言うんですかー!!?

 こここ、こんなの公開処刑とちっとも変わらないじゃないですかー!!」

 と叫ぶや、必死になってアンの背後へと逃避した。


 これに歴戦の怪物狩人のマリーナは

 「あのさ、コレってさ、いけんの?やれんの?」

 と、傍らのシャンに首を捻った。


 「うん。まぁまともにやれば、二呼吸ほどでユリアは挽き肉だろうな。

 先ず、あの右手の鋼の鉤爪がユリアの左目を後頭部まで容易(たやす)く貫き、それと同時に左爪先の鉤爪がユリアの右膝を裏まで貫き、一瞬であの小さな身体は、そのまま一気に斜めの上下へと引き裂かれるだろう。

 そこからは、あの鉤爪の切れ味に寄るが、まぁ縦・横・斜めに小間切れ、だな。

 うん、私ならそうする」

 と、美しき女アサシンは究めて残忍にして冷徹過ぎる考察を披露した。


 「えぇえーー!!?いっやぁーーー!!」


 ユリアの悲痛な叫びが、この広い部屋には実に伸びやかに木霊(こだま)したという。


 だが、それを圧殺してかき消すように、突如、鎖・大質量的な金属の擦れる音が鳴り響き

 「はっ!!ユリア様!危ない!!」

 と、アンによる綺麗な一本背負いにより、何故か小柄な女魔法賢者は部屋の中央へと投げ飛ばされ、そのまま巨人の特殊戦闘ブーツの至近へと転がった。


 その刹那、天井に固定されていたであろう、高さも半径も七メートルほどの鋼鉄の鳥籠(とりかご)みたいな巨大なドーム状の格子(こうし)が、ドッゴォーン!!と激しく床を打ち震わせて直下に落ちてきたのである。


 そして、これにより、その真下に居た密葬の毒竜と女魔法賢者とは、完全に外界から隔絶された。


 バラキエルは、その数㌧クラスの鋼鉄の半円の落下による轟音と、それが生じさせた、まるで地震じみた激振とが収まるのを待って、その衝撃で鳥籠内でスッカリ転倒してしまい、惜し気もなく子熊のアップリケを晒(さら)す、このいかに小柄なユリアであっても、その鉄格子の狭い隙間からは脱出不可能であることを確認し

 「フフフ……。これで準備は整いましたね。

 あぁ。えーと、確かお二人は、アン様、ビス様で宜しかったですか?

 さて、今からお二人には、現在、会得・行使なされるうちの最高水準の神聖治療魔法の発動準備をお願いいたしたく存じます。

 私の見解では、恐らく、この勝負は一瞬で決まるでしょうから、もしもお二人の治療魔法が少しでも間に合わない場合、その時は速やかなる死が訪れる事になるでしょうからね……フフフフフ……。

 お二人共、覚悟は宜しいですか?確かにお頼み申し上げましたよ?」

 この激しく不吉な展開予想と、確実なる応急の手配とを要請した美中年の瞳とは、どこまでも妖しく、また何とも言えない加虐嗜好的な危険な輝きを放っていたという。

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