144話 限定解除
バラキエルがスマートにテーブルに敷いて並べた、美しい玉虫色のカード群に、かぶりつきで迫る女魔法賢者は
「へぇー!へぇー!これで、そんなに色んな事が分かっちゃうんですかー!?
うーん。ホントかなぁ?
そーだ!これ、一体どんな魔法がかけてあるんだろ?」
そう言って、左手に魔法杖で、一塊(ひとかたまり)の魔法語のフレーズを唱えるや、右の手で宙空をかき混ぜ、そこで何かを掴むような所作を見せ、それをエメラルドカラーのカード上へと送るユリアだった、が
。
「えっ!?ウソウソー!?あっれぇ!?変だなー?
このカードからは……全然、ちっとも魔力の波動が……感じられない!?」
と、比較的初級の魔法である、魔力感知・幻視の術を行使してはみたものの、このバラキエルの爪操(つまぐ)るカード群とは、不思議な光沢のある少し珍しいモノであるという、肉眼で見たまま以上の分析結果は得られなかったようだ。
これは酷く気遣いと礼を欠いた、ある種、猜疑(さいぎ)的とも言える、身勝手なる魔法鑑定であったが、当のバラキエルと美しき従業員達は、この行為に機嫌を損ねることはなかった。
いや、それどころか、揃って整った相好等を崩しさえしたのである。
バラキエルは筋ばった繊細な拳骨(げんこつ)を薔薇色の紅(べに)を点(とも)した口元にあて
「フフフ……魔法使いの勇者様。その様に思われるお気持ちは分かります。
ですが、先に申しましたように、私のこの陳腐(ちんぷ)なる特技とは、厳密に言えば魔法、占いの類いではなく、膨大なる統計の積み重ねに基づく、単なる分析術にございます。
ですから、このカードの絵図、模様こそある程度重要ではありますが、この術式には一切の魔法は使用いたしません。
もっとも、元よりこの私には魔法使いの素養などはありませんが」
と、別段気分を害した様子は皆無であり、むしろ、実にもの柔らかに、クックと楽しげに笑いながら言った。
それに、パッとソバカスの顔を上げ、蜂蜜色の三つ編みを跳ね躍らせたユリアは
「えっ!?コレッて''魔法無し''なんですかぁ!?
えー!?それで本当に色んな事が予見出来るんですかー!?
へぇー!!スッゴい!!スッゴいですー!!
あのーバラキエルさん?その、とーけーって何なんですかね!?私とっても興味がありま、ングゥッ!!」
完全に持ち前の好奇心に飲まれ、客観的自己を見失った魔法使いは、背後に迫ったビスにより、サフラン色のミニスカローブの背中に垂れたフードを引かれ、その細い頚(けい)が絞められたので、質問というよりは詰問に近い形の物言いは、プッツリとそこで扼殺(やくさつ)されたのである。
「ユリア様。折角、バラキエルさんが気分よく特技を披露して下さるというのに、いきなりアレやコレやと調べたり、ズケズケと訊(き)いたりするのは、とても不躾(ぶしつけ)で失礼にあたりませんか?」
その少し前に出た、褐色滑らかな愛らしい顔は笑っていた。
が、それにより彼女の内側から滲(にじ)み出て、ヒシヒシと伝わってくる威圧感は少しも隠せてはいなかったという。
喉を押さえて咳き込むユリアを尻目に、カミラーがタメ息をつき
「バラキエルよ、この低知能娘はな、何より超常的なモノに目がなくてのぅ。
正直なところ、わらわ達も常々、こやつのこの風変わりなモノを見付けると、瞬時に乱れ狂う性癖(クセ)には、ほとほと迷惑しておるのじゃ。
うむ、まぁそういう訳じゃから、さっきのは単なる頭のイカれた餓鬼娘の悪戯と往(い)なし、気を悪くせず、そこの無駄乳相手にお前の特異なる技とやらを存分に披露してやってくれい」
と、ドラクロワの心持ちを慮(おもんぱか)って、この奇妙なカードによる統計学的予知術というモノを催促した。
だが、その主(あるじ)たるドラクロワは、その実、魔法を一切使わないと耳にして、俄然、好奇心をくすぐられており、目下、バラキエルの持ち出した''統計''というモノに根差した予知の仕方・方法論とは一体どういったモノなのか?と、様々な憶測・推量を巡らせるのに忙しかった。
バラキエルは、この世界において魔法こそが万能であると決めつけ、正しく魔術に傾倒し、それに''かぶれた''ユリアの暴走・狂態などには、なんの痛痒(つうよう)も感じていないことを頭(かぶり)を横に振って表し
「いえいえ、気を悪くするなど滅相もございません。
フフフ……では、決して勿体(もったい)振るほどの特技ではございません故(ゆえ)、早速と披露いたしましょう。
えー、皆様のとられておられる呼称から察するに、こちらの美しい戦士の勇者様の御名前は、確かに''マリーナ様''でございますね?
ではではマリーナ様、このカードの陣形などは余りお気になさらず、ただただ、ご自身の直感のみに従い、この中から都合三枚をお選び下さいませ」
と、どう見てもカードの束から適当に選んだとしか思えない、エメラルド色のカードの15枚を、向かい合わせのマリーナから見て、幾らか間隔を取らせた逆三角形の型に並べ、その陣を掌で指し示したのである。
「え?あ、あぁ、わ、分かったよ。
へ、へぇー。コレッてさ、よーく見ると、全部が全部、緑の炎みたいな模様がビミョーに違うんだねぇ。
あーと、えーと、じゃ、じゃあ……コレと、あとは、コレ?かな……」
と、この女戦士の大得意分野である無作為・直感とゆうヤツで以(もっ)て、ふたつの深緑のカードを指差した。
「ん?これ無駄乳!お前は寝惚けておるのかえ?
選ぶのは三枚じゃろが!三枚っ!」
と、すかさずカミラーのツッコミが飛んだ。
マリーナは、ハッとして、身体の割に小さな頭の後ろを掻きむしり
「んー?三枚?あっ、そっか。
アハッ!何だかさー、こんなにいい男が目の前に座ってるとさー、何だか頭が、ポーッとしちゃってねぇ。
アハッ!コリャ、アタシらしくなかったねぇ。
んじゃ、三枚目はコレッ!」
と、カードが織り成す三角陣の中央を長い指で指し示した。
バラキエルは妖しい美貌の微笑みで
「フフフ……。これはこれは、このように年老いた私には何とも身に余る、誠に勿体無いお言葉を賜り、恐悦至極に存じます。
フフフ……もしや私、危うく美貌の女剣士様を破戒勇者様にしてしまうところでしたかね?
ですが、ご心配なく。なにしろ、この私は生粋の男色家にございますから……フフフフ……。
あぁ、これは私の生業と同じく、偉大なる七大女神様達の掟に大いに反しますね。
フフフフフ……」
と艶然(えんぜん)と笑う四十路の◯◯であった。
さて、そうして右の手の甲を口に当てながらも、その蒼い瞳は、カードの面(おもて)の焔(ほむら)が踊ったような不思議な模様を熟視していたが、その眼は急速に、スウッと細まり
「フフフ……これはこれは……なんと素晴らしい。
勇者マリーナ様の星とは、なんと赤竜!
そして……星が小で、狗伏(くふ)の陣で二枚目が雷雨となりますと……フムフム……。
尚且(なおか)つ、続く三枚目が恋殿(れんでん)……か。
ウフフフ……こんな事もあるのか……。
流石は伝説の光の勇者様といったところですかねぇ?
いや、勇者とは、かくも素敵な相であられるのか……うむうむ……」
と、独り合点しては、実に満足げに何度も首肯するのであった。
マリーナは微妙な顔になって鑑定結果を待っていたが、そこに堪(たま)らずといった感じで
「ゴホンッ!バラキエル殿もお人が悪い!そうして、ひとりで楽しんでおられず、早く我々にも解るように解説を始めて下され!」
と、カゲロウ老が喚(わめ)いた。
ドラクロワもこれに全く同意であるらしく、短く幽(かす)かに唸(うな)っていた。
バラキエルは気まずそうに頭を垂れると、纏めて結い上げた黄金の頭髪から漏れた、無数の捻(ねじ)り毛束が一斉に揺れ動き、それらはなんとはなく、彼の独り遊びを詫びているように見えた。
「これはこれは大変に失礼をいたしました。
いえ、此方(こちら)のマリーナ様の相というモノが、私の想像の遥か上を行く、余りに秀逸であられたもので、つい自己の世界に浸ってしまいました。
どうか、お許しを……いや、それにしても、これはなんとまぁ……ウフフ……。
これだから統計収集は止められないのだ。
ウフフフフ。いやぁ、本当に堪(たま)りませんなぁ」
色白な細面を上気させ、幸甚(こうじん)に花咲く、四十路の妖華であったとか。
「バラキエル殿っ!!」
だが、再び飛んだ老人の催促で、それは儚く散ったとか。
「ハッ!!これはこれは、またもや非礼を重ねてしまいましたね。
では、誠に僭越(せんえつ)ながら、私めの診断的所見をお伝え申し上げます。
先(ま)ず、此方のマリーナ様は、''赤竜(せきりゅう)''の星を背負われておいででして、この赤竜とは、小覇王の星であり、マリーナ様がその気になられれば、一国の王となられることすらも容易(たやす)く、正しく支配者の格に有られる事を示しています。
そして、ここからは進言となりますが、失礼ながら、今現在ご使用の武器にございますが、これよりは何卒(なにとぞ)、諸刃(もろは)ではなく、片刃の大剣に変更されることをお薦めいたします。
さすれば、今よりもっと飛躍的に戦術の幅が広がり、更にお強くなられること間違いなしでしょう。
そして、今後は今のまま、無思考、無策のまま生きて行かれるのが良いかと存じます。
これは、特にマリーナ様に関しては、物事を深く考えられない、というのが、御自身が幸福に生きてゆかれる上での総ての基盤・基本となっておられるからです。
これは逆説的に申さば、勇者マリーナ様は、それから逸脱なさらぬ限り、どんな願いでも叶えられる程に、強力にして大切な、人生の"礎(いしずえ)"また"鉄則"とも言えるでしょう。
そう、例えば、マリーナ様個人の夢であられる、空を飛ぶ事すらも可能なのです」
と、立て板に水のごとく、恐ろしく流暢(りゅうちょう)に語り終えた。
「ギャハハッ!む、無駄乳には知性は不要てか!?
ギャハハハハ!!バラキエルよ、よう言うた!!お前の特技、わらわは、たいそう気に入ったぞえ!!
しかし、こ奴が覇王とはなぁ?ギャハハ!!それが、もしも叶ったなら、この王の民が余りに不憫でならぬわっ!!ギャハハハハッ!
オホー!!痛たたたた!コリャ腹がつるわいっ!」
口をヘの字にして、必死で解説を聴くマリーナを指差して笑い転げるカミラーであった。
その眼帯の女剣士は腕を組んで難しい顔になっていたが、不意に
「えっ?アンタさ、なんでアタシの夢を知ってんの?
それからさー、今、それが叶う、とか言ったよね?
えー?ちょっとちょっと!それってどーいうことだい!?」
と言い、席から腰を浮かし、テーブルに両の手をつき、興奮気味に訊いた。
無論、これに皆もうなずいて、バラキエルの口元を見守る外(ほか)なかった。
「はい、本当です。統計は嘘をつきませんから。
そうですね、最近、マリーナ様は何か特別、聖なるモノに干渉なされませんでしたか?
マリーナ様の願望・夢は、きっとその聖属性の何かが後押ししてくれます。
ですから、くどいようですが、なんにも考えず、疑わず、ただ自分は飛べる、と信じてみて下さい。
貴女にとって疑念、或(ある)いは、現実的観点などは害毒にしかなりません。
さぁ、考えず、ただ感じるままに天空を飛翔する様を思い浮かべて下さいませ!」
そう語るバラキエルの双眸(そうぼう)とは、恐ろしく魅惑的に輝いており、それと同時に、じっと見ていると、何とも心がざわつくような不吉な光を発していた。
ドラクロワは、その眼光を認めて眼を細め、いつの間にか壁に張り付くようにして部屋の左右に分かれ、そこで怪しく微笑む給仕の美男等を睨(ね)め付け、左腰の漆黒の魔剣、"神殺し"の柄頭(つかがしら)に手を這(は)わせた。
マリーナは高い漆喰(しっくい)の天井を睨むようにして、渋い顔となり
「そっかー。んじゃ、いっちょやってみようかねぇ。
うーん!ふぅーん!アタシは飛べる!アタシは飛べる!
アタシは飛べるんだぁー!!」
と、必死に念じ始めたのである。
これには、この娼館の者ではない皆はあきれ果てた。
「バカを申すな!無心で念じただけで人が空が飛べたら、今ごろ空は人だらけじゃわい!
あのなぁ無駄乳、このバラキエルが言うておるのはじゃな、お前という人間は、それくらいの気構えでおった方が、」
と、カミラーが喚いたところで、やにわにシャンがそれに手を翳(かざ)して黙らせた。
「カミラー。マリーナの背中と足首を見ろ」
と、彼女が指差した先。そこのマリーナの身体の部位には、突如として現れた、白い燐光が渦巻いていた。
そして、それらは急速に何かの形をとりながら、マリーナの深紅のブーツの両足首。
そこのくるぶしを挟むようにして、不思議な白光の紋様が走り、そして鳩の羽根大の"光の翼"としか形容・表現出来ない様なモノが、そこにふたつづつ形成されていた。
また、上半身に装備した深紅の部分鎧の裏、そこの日焼けした背中の両の肩甲骨辺りにも同様の紋様、そしてコンドルのモノに匹敵しそうな程に大きな翼が二つ顕現(けんげん)していたのである。
それらは純白の焔(ほむら)のごとき美しいエネルギー体のようであり、輝く雪のような欠片を下方へと舞わせつつ、確かに揺らぐようにしてはためいたのである。
次いで。
ゴツンッ!
「ギャアッ!!」
と、白塗りの天井から激しい振動と衝突音。
そして、聞き違えようのない、女戦士マリーナの悲鳴が轟いたのである。
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