135話 紅い伏線

 それからも暫(しばら)く、コーサ=クイーンからの怒涛(どとう)の質問責めは続き、飽くまでカゲロウ老士と、その手の使い古されてえらく年季の入った捜査手帳とに答えられる範囲ではあったが、異様なほどに多岐にわたる情報群の収集・取得には終わりがないようにすら思えた。


 だが突然、人と魔との中継役を務めていたドラクロワが、暗黒色の手甲頬杖の先、そこの小指で白い頬を撫でてなぞり

 「ウム。で、あるか」

 と呟(つぶや)くような声を漏(も)らし、右手に無造作に提(さ)げていた黄金仮面の暗い二つの眼穴を睨むように見下ろし、それっ切り、プッツリと質問を止め、数呼吸ほど押し黙った。


 かと思うと、例のごとくコーサをもはや"用済み"とでも言わんばかりに、重いフリスビーのように、少し離れたマリーナの巨大なバスト辺りへと投げて返し、その着地点を大いに揺らした。


 その小規模地震を、何故か恐ろしい目付きで睨んだカミラーは

 「うーむ。やはり、邪神めの息のかかった者が関与しておったか……」

 と、独り言(ご)ちるように唸(うな)り、なるほど合点、とばかりに小刻みにうなずいた。


 ドラクロワはそれを目の端で認めると、パンッと手を打ち鳴らし

 「ウム。カゲロウよ、喜べ。この低俗悪趣味なる兇賊の徒、望月魔人とやらが何者で、その居場所が何処(どこ)で在(あ)るかが、今、確定・判明した。

 奴を討ち取り、成敗せし満月の夜までには、後二日がある。

 であるからして、お前としては可及的速やかに、この俺がそれまでの日々を安寧(あんねい)・心安らかに過ごせる宿を押さえろ。

 ウム。この都に漂(ただよ)い満ちる、唾棄(だき)すべき芸術という煤塵(ばいじん)とは限りなく無縁の館をな」

 と宣(のたま)って、もう早々と席から腰を上げ

 「ウム。出来うれば大きな湯殿、また蒸し風呂があればそれが望ましい。

 ま、なければないでそこは我慢する。

 ウム。では、それ相応の宿が取れるまでは、今作戦の拠点は俺達が乗ってきた、カミラーの馬車とする。

 カミラーよ、"それ"は確(しか)とお前が預かれ。

 そして飲み代(しろ)の会計を済ませよ」

 と指示して、暗黒色のマントを翻(ひるがえ)し、颯爽(さっそう)とこの巨大な酒場の段々畑のような構造の階層を貫く、石の階段を登り始めたのである。


 カゲロウは、その恐ろしく自分勝手な物言いと退場とに唖然とし

 「はっ!?ド、ドラクロワ殿!?い、今なんと!?

 なにやら私には、望月魔人の正体と居場所とが判明した、と仰有(おっしゃ)られたように聴こえましたが……。

 な、いやいや、そんなバカなっ!!

 私共がこれまで近隣の力まで借り、延(の)べ二百人余を動員・投入させ、この二十年という、決して短くはない年月に渡り、徹底的な調査・捜査を重ね、それでもついぞ捕らえることの叶わなかった彼奴奴(きゃつめ)を、その素性のみならず、今現在の潜伏場所までもを特定した、と申されるのか!?

 そ、それもこんな宴卓の席上で、酒を水のごとくにかっ喰らいつつ、頭脳単品のみを頼りに、し、しかも二日後には成敗なさるなど……。

 ド、ドラクロワ殿!!おおお、お待ちあれ!!!

 ドラクロワ殿ぉ!!ご冗談にしては独創的に少々度が過ぎますぞー!!?」

 と喚(わめ)いて、少しの淀(よど)みもなく酒場を闊歩(かっぽ)し、いよいよ小さく成り行く貴公子の背を追った。


 光の勇者団の面々はお互いを見合わせ、直ぐに、ニヤニヤと微笑み、それぞれの武器と荷を手に取った。


 ビスは丁寧に椅子を押し戻しつつ

 「あの、何だか以前にも同じ様なことがありませんでしたか?

 確か、聖都ワイラーにて、ドラクロワ様があのコーサを見事撃退なされた日の夜。

 その宴の席で、ユリア様ご家族の体験された、世にも恐ろしい出来事の顛末(てんまつ)を、まるで、そこの過去の現場に居(お)られたかのように、ピタリと言い当てられました。

 そう言えば……ドラクロワ様は、その折りにもあの黄金仮面を手に提(さ)げ、見事その全貌を解き明かされました。

 えっ!?ユリア様?どうなされました?」

 褐色のライカン乙女は、少し意地悪そうな顔で女魔法賢者を見るが、その目は明らかに笑っていた。


 ユリアは、未だ亜麻色の頭を抱え、それを滅茶苦茶に掻き乱しながら

 「うわっ!なんかスッゴくイヤーなこと思い出したー!

 きゃー!!あの時の罰の苦々(ニガニガ)茶っ!今思い出しても、スッゴク!スッゴク!死ぬほど不味(まず)かったですー!!」

 正しく"苦い"過去を思い出し、愛らしいソバカスの面(おもて)を苦悶の相に歪めた。


 マリーナはそれを見下ろして、弾かれたように高らかに笑い、腰の深紅の革ベルトの鋼鉄製のバックルを抱えるようにして、クッキリとその痕(あと)が付いた絞(し)まった腹を長い指の先で擦(さす)り

 「さーて、あのドラクロワが、あそこまで言うからにはさー、その人斬り変態ヤローのヤサってーのが、カンペキバッチシ分かったんだろーねぇー。

 アハッ!てこたぁ、後はさ、キッタハッタのチャンバラの出番だねぇ!?

 アッハハハハ!アイツ、満月は二日後とか言ってたね?

 アタシァ、今から腕が鳴るよー!」

 と頼もしげに言って、勇者の父親譲りの斬馬刀のごとき剛刀を日焼けした背に回し、器用に深紅のビキニみたいな胸鎧。

 それの背中の連結・接合部の金具の溝に、鋼鉄の鈕(ボタン)みたいな鞘の留め具を、ガチリとひっかけ、そうして手を離して大剣が自重で降りるままにし、そこにしっかりと固定した。


 そうすると、またもや、その所作の影響で、バインバインと揺れ躍る深紅のロケット二基があった。


 それを露骨な殺意を帯びた、世にも恐ろしい真紅の瞳の目で睨んだカミラーは、ギリギリと歯軋(はぎし)りを鳴らし

 「フン!ま、そういうことじゃ。

 確かに今まで、命こそ取らなんだとはいえ、人間族の雌(メス)の鈍重・脆弱さにつけこんで、二十年も悪ふざけを楽しんで来た、どうしようもないならず者じゃからの、そろそろ斬って捨てたところで、なーんも差し支えは無かろうて。

 しかし、果たして、ヤツめにただの鋼の剣が通じるかは甚(はなは)だ疑問の残るところじゃが……うむうむ、それがゆえの"コレ"か。

 さて」

 そう言った刹那。

 この、世にも美しい女児らしきバンパイアの輪郭はブレて、気付けば、遠く先を行くドラクロワの三歩後方へと瞬間的移動を果たしていたのである。


 それを上質なトパーズみたいな眼で見送ったシャンは

 「フフフ……確か、あの怪談の夜も、カミラーは先ほどと同じような、まるでドラクロワの考えを読み取った様な、それこそ思考の同調でもしたかのごとき、不思議な周知・納得の顔をしていたな。


 うん。それに加え、この度は奇妙なことに、先ほど使用した魔法画のインク瓶と羽ペン全てを持ち去ったな……。


 何故だ?


 ドラクロワは二度と芸術的手腕を披露しないと言った筈なのに?


 あのカミラーの性格から言って、あの魔具をすっかり気に入って、密かに個人使用するなどとは思えない。


 うん。どうやらあの二人の間では、満月の到来を待たずして、既に何かの計略的策謀らしきモノが隠密裏に胎動し始めているようだな。


 しかしカミラー……。

 此度(こたび)の標的、望月魔人のことを"斬って捨てる"と、確かに物理格闘によって滅っせる者のように言いながらも、その反面、直ぐに単なる鋼の剣では心許(こころもと)ないと言う……。


 なんだ?一体、望月魔人とは何者なのだ?

 

 フフフ……まぁいい。私は私で、この二日という時を有効に活用するとしよう。


 そうだな。アン、ビス。酒が抜けたら来(きた)るべき日に備え、共に格闘調練(かくとうちょうれん)をしないか?」

 

 勿論、アンとビスは、このライカンスロープの最上位種の銀狼からの誘いに、一も二もなく即座に賛同の応答をし、ブルーグレイの瞳を潤ませて喜んだ。


 ユリアも、ねじくれた魔法杖を握りしめ

 「よーし!私も幾つかの強力な魔法を準備しちゃいますよー!!

 本当、女性の独り歩きを襲い続けて、その道二十年。なんて!そんな年季の入ったスンゴイ変態さんは許せません!!

 エヘヘ……この際だから、お師匠様に禁じられたアレと、それからーアレ、思い切って実戦投入しちゃおっかなー?」

 そんな極めて物騒な事を言い、超攻撃型破壊魔法の数々を脳裏に想起させ、実戦へ向けて現実的に配備をし始めたという。



 こうして、それぞれは二日が過ぎ行くのを待ちわび、遂に月下の切り裂き魔との対決の舞台である、過去にカゲロウの部下達が望月魔人の犯行現場に居合わせた際に、それを追走した結果、その妖しい邪影が毎度消え失せたという「リッパー通り」を、スポットライトならぬ、満月の煌々(こうこう)とした乳白色の月明りが照らし始めたのである。 

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