41話 崩壊するユリアメンバー

 カミラーは、長い人生でも初耳の罵倒に呆気に取られ、はて?先の発言は聞き間違いかとユリアに声を掛ける。


 「おい?ユリア!どうした?酒が回り過ぎたか?

 ほれ、水じゃ」

 七色油膜色のソーダガラスのグラスに銅の水差しから注いでやり、超絶対光属性の肌が触れないように注意しながら、影になっているユリアの顔に近付けた。


 女魔法賢者は何ごとかをブツブツと唱え、それを受け取ろうとはしない。


 マリーナも陽に焼けた、特別試合でつくった内出血と瘡蓋(かさぶた)の痛々しい両膝を天井へ向けてしゃがみ込んで、ユリアのサフラン色の薄い肩を掴み、心配そうな顔で覗き込み

 「おーい!?ユリアー?ゴメンよ、ちょっとやり過ぎたねー。

 何て言うかさー、今日の勝があんまり嬉しくってさー。

 アタシったら酔っ払ってアンタにまで絡んじまって、ホント悪かったよ。

 おーい、大丈夫かーい?ゴメンてばー!」

 ユリアはうつむいたまま、力なく肩と三つ編みをガクガクと揺さぶられるままだった。


 その時、魔王が仕方なくといった、実にのんびりとした口調で

 「シャン、マリーナ。今直ぐユリアから離れろ」


 マリーナはよく聞こえなかったのか、ブロンドの右を掻き上げて耳に手を添えて

 「あん?今直ぐ何だって?

  あえっ?わあぁー!」


 勘の鋭い深紫の女アサシンが、その深紅の胸鎧の背中の繋ぎ鎖を、グン!と引いた。


 マリーナの長いブロンドが尾を引く空間、その高い鼻面の先に異音が走る。


 キンッ!キキン!キンキンッ!パキパキペキペキッ!


 パァンッ!!


 ゴトン……。



 カミラーは青い毛細血管が透き通って見える白い小さな顔を右下へやり、振る舞われたものの、あまり期待していなかった知人の料理の意外な美味さに声を洩らすような口調で

 「ほう……」

 と、呟いた。


 見れば、床には直径150㎝ほどの白い冷気のわだかまりがあり、その中央にグラスを持った小さな右腕が、全体に真っ白い霜を吹いて、まるで折られた石膏彫像の腕みたいに白氷の破片と共に落ちていた。


 美しい幼女にしか見えないロリータファッションは、自らの右のピンクの半袖、その上腕先で白い氷の花がパッと広がったような、氷結した切断面を呆然と眺めていた。


 「ん?この娘、酒乱の気があったか。全く困ったヤツじゃ……」


 ユリアはシャンのブルーカクテルにより完全に酩酊し、無我の境地で氷の攻撃魔法を唱え、間近のカミラーの腕が大気ごとそれを食らい、瞬時で凍結、組織内の水分破裂で地に落ちたのであった。


 その凍結魔法は恐るべき超低温化の牙で、未だカミラーを蝕んでいた。


 ビシビシバキバキと薄氷を踏むような音を立て、切断面の上の小さな右肩、細い首、顔の右半分を白くさせている。


 だが、当のカミラーに慌てる様子はなく

 「やれやれ。心臓側でなくて助かったわ。しかし、なまじっか魔法をかじっておるだけに危険なヤツじゃな」

 その右目は真紅の氷玉となり、白い睫毛は霜でゴワゴワと毛羽立っている。

 

 マリーナは白い息を吐いて、高い鼻に赤いグローブの手をやって、そこを擦り

 「うわっ!痛っ!冷た!!これユリアがやったのかい?」

 後ろにいるシャンの顔に後頭部をぶつけるような勢いで身を退いた。


 うつむく、不気味な影が降りた顔のユリアは、またもや魔法語を呟いた。


 マリーナとシャンが、ギョッとしてユリアから更に飛びのく。


 二人の長身女は身構え、注意深く辺りを見回すが、特にテーブルが火を噴く訳でも、煉瓦壁に大気の刃が引っ掻き爪を立てる訳でもなかった。

 

 ドラクロワは無表情な美しい顔を黄ばんだシャンデリアへ上げ、アメジストの瞳でその先の天空を睨み

 「うむ。後100呼吸程で、ここへ流星群が墜ちる、か。

 フフフ……こいつ、酔った方が面白いな。これからは毎晩飲ませてみるか……。

 さて、ユリアよ」

 巨人族さえ簡単に撃滅させしめる、死の隕石召喚魔法などどうでもよさそうに声を掛けた。


 額に縦皺を入れた、恐ろしい凶相の愛らしかった女魔法賢者は、歯列の奥をギリリと鳴らし

 「あぁ?なんだ?暑苦しい黒ずくめの格好付け野郎?」


 ドラクロワは鷹揚に椅子に掛け直し

 「お前、神聖魔法はどの程度までいける?」


 ユリアは左右を睨んで鼻を鳴らし

 「フン!どの程度だ、だと?いけるも何も俺様に苦手な魔法なんかねぇよ!!

 魔法ならてめぇも中々やるようだがよー!?こと神聖魔法に関しちゃー俺様もちょっとしたもんよ。

 よしよし、なんだか気分が良いからさっきのは取り消して、ちょいとスゲーの見せてやっか?あーん?」

 気弱な小動物系美少女だった酒乱は、短い魔法語のフレーズを呟く。


 ドラクロワは超感覚で流星群が停止し、星の自転によりそれらが遠退くのを感じた。


 「では見せてみろ。瘡蓋(かさぶた)剥ぎのかすり傷治しを」


 それを聞いた神聖魔法を唱えるユリアがカッと眼を見開き、悪魔の形相で魔王を睨む。


 詠唱を中断した二重人格は

 「おい生白野郎!今なんつった!?てめ、デカ乳が試合でこさえた無様な生傷を治してやろうっつう、俺様の有り難い神聖魔法にケチ付けよってのか!?おー?

 しかも言うに事欠いて、瘡蓋剥がしだと?ギャハハハハ!おんもしれぇじゃねぇか!!」


 魔王はアメジストの瞳をやっとユリアに向けて

 「ユリアよ、それほどまでに言うのなら、お前にとっては、例えばだな……。

 うむ、欠損部位の結合などは容易いのであろうな?」

 淡々とした声に特に挑発する響きはない。


 マリーナがそこへ長い手を伸ばし、掌を振り

 「おいおい!ドラクロワ!あんま挑発しない方がいいんじゃないかい?この娘なーにすっかわかんないよー!?」

 この娘が豹変した原因を作った片棒が、慌てて割って止めに入った。


 ユリアは下から顎をしゃくり、ほぼ白目で均整のとれた美しい女戦士を睨み上げ

 「うるせー!!てめーは黙ってろ!!いつでも自分勝手にお気楽テキトー人生で思いつきぶっこきやがってよー!!

 急に常識ぶってんじゃねーぞコラ?

 このデカ林檎女がー!!あんまチョーシこいてっとやっちまうぞ!?あーん!?」


 マリーナは前に首を伸ばして

 「デカ林檎?」


 ユリアは、何にもかも上手くいかなかった日、ヘトヘトに疲れて切って帰宅した時に限って、何気なく掛けた上着がハンガーごと、バサリ!と落ちた時のような、シャワーが熱過ぎるからと、ちょっと水を足すと、今度は「ヒャッ!!」と飛び上がるような冷たさになったときのような、どうしようもなく苛立った顔で舌打ちし

 「ケッ!ヤッパイチから説明してやんなきゃ分かんねぇか!!

 てめ、デカイ林檎喰ったことねぇのか?真っ赤なデカ林檎は分かりやすく美味そうだが、実際食うとスッカスカで大味でテキトーだろーが!?それがてめーだよ!どーだ分かったか!?

 おいー!!へ?って顔すんなゴラァー!!!

 そーいうのがお前の悪いとこだぞ!?こんなことを逐一説明されなきゃ理解出来ねぇとかよー!

 ちったぁ馬鹿力だけの大振りブン回し人生を自重しろやゴラァッ!

 一緒にいる繊細な俺様は、いつもいつもいつもいつも超!絶!迷!惑!し!て!ん!だ!よー!!」

 テーブルに左鉄槌の乱打を落とすと、載っていたスープは波打ち、ビンや燭台がその度に真上に跳ねた。


 マリーナはそれに思わずビクッとし、慌てて透明な緩(ゆる)い蝋を散らす燭台に手を伸ばして抑えた。


 ユリアは巨大な水晶玉の上部を切ったようなワイングラスのブルーカクテルを、グーッとあおり、口元を袖で拭って、ユラユラとそのグラスの残りを掌の上で揺らし

 「で、あんだっけ?あ、そーだ!神聖魔法な!

 ドラクロワ!てめ、面白れぇこというじゃねぇか!

 欠損だろうがなんだろーがバッチシガッツリ治してやんよ!!

 ま、そんな怪我人と取れた部位がここに有ればの話だがよ!!

 そこのバンパイアは、もうてめーでくっ付けちまったよーだから残念だったな!ギャハハハハ!

 つーか俺様の超ド級の神聖魔法なら、不死系バンパイアは治療じゃなく灰になっちまうかー!?ギャハハハハー!」


 魔王は、再び強い青酒をあおるキャラ崩壊を横目に僅かにうなずくと、とっくに腕を拾ってくっ付けた、右脳まで凍らされたにもかかわらず、何事もなかったようにケロリと全快復帰した、驚異的な再生能力を見せつける現ラヴド家当主の女バンパイアへ、白い華奢な顎をしゃくり

 「カミラーよ、向こうのテーブルへ行き、隻腕の男をここへ連れて来い。

 そうだな……。酔っ払いがうるさく、迷惑を掛けたので、是非ともその詫びをしたいと言え」


 ピンクのロリータファッションは恭しくうなずき、席からピョンと降り、階段脇へ向かった。


 ユリアはガバガバとブルーカクテルを水のように喉の奥へと流し込みながら

 「やいシャン!!てめー何でふつーに喰ってんのにそんなに細いんだ!?

 あ、分かった!てめあれだろ?朝とか隠れて走り込んでやがんだろ!?

 て、どーせ食っても太らない体質だろー?!ハイハイ分かってんだよー!!ちきしょーめ!!面白くねぇーなーおいー!!」

 テーブルの下で這い上がる害虫を追っ払うように短い足をジタバタとさせた。 

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