32話 魔王婦人
マリーナは眉間に縦皺を入れ
「あん?アンタさ、随分と男みたいな声だよね?
一瞬、ドラクロワかと思ったよ!」
シャンも深化のせいか、いつもより鋭い視線で、ジロリと凄絶なる美女を見て
「うん。それに、女にしては背も高い。
首、肩などはかなりの骨太だな。
ドラクローズか。フフフ……」
舞台かぶりつきのユリアも訝しげに見上げ
「凄く華奢な体格ですけど、何となく女性らしさを感じませんね。
ウフフ……ドラクローズというお名前も。本当に、ウフフ」
カミラーは真紅の瞳を剥き出し、慌てて後方のドラクローズへ、魔族間だけに通じる思念派を飛ばす。
(こ、渾身の化粧を施させていただきましたが……こ、今度ばかりは、流石の奴等でも危ないのでは!?)
ドラクローズは美しい顔でそれを知らんぷり。
泰然自若としたまま
(カミラーさん。慣れろと言った筈ですわよ?)
(し、失礼致しました!!し、しかし………)
マリーナは突如、プー!と吹き出し、縦に筋の入ったむき出しの腹を抱えて
「ドラクローズて、アンタ!!アハハハハー!!」
シャンとユリアも大きな声で笑い出す。
呆然とする観客等などはおいてけぼりだ。
マリーナは笑い涙を赤いグローブで拭いながら
「いやいや。いい加減にしなよー!!
ホントにアンタってさ!弟さんにそっくりだよねー!?アハハハハ!!」
カミラーは、ズルッ!とコケけそうになるのをなんとか堪えた。
(こ奴等……。驚天動地といいますか、正しく伝説級のバカにございます!ドラクローズ様!し、失礼致しました!ですが、齢五千を越える私も、これ程のバカを知りませんでしたので、慣れるのには少々時間が掛かりそうです……)
(そうですわね。この星の真の奇跡とは、光属性の三人が銀狼の血まで取り込み、一つの時期に同じ街に集いしことではなく、この三人が一糸乱れることなく、揃いも揃って絶望的なバカだったことですわね。いつもながら助かりますわ)
シャンも深化を戻し、朗らかに笑っている。
「あぁ。よく似た弟姉だよ!なんだか一族禁断の銀狼深化まで晒した私がバカみたいだな?フフフフフ」
カミラーは心中で叫んでいた。
(おーい!みたいじゃなかろうが、みたいじゃー!)
ユリアもカラカラと三つ編みを揺らして笑い
「ウフフフ!本当にそっくり過ぎてご本人みたいー!!
あっ!ホントはドラクロワさんなんでしょ?ウフフフ!!
なーんて!そんなバカなー!ですよねー!ウフフフ!
私、ちゃーんと分かってるんですからね?」
カミラーは再び心中で叫んでいた。
(おーい!お前!それ気付いておるのか、おらんのか!?どっちじゃ!?どっちなのじゃー!?あと、そんなバカなー!って、バカはお前じゃろがー!!なんなんじゃーこいつらは!?)
バンパイアは中々慣れず、逆にひどく疲れてきていた。
シャンが人間の姿に戻ったのを本能的に察知し、漸くアンとビスが顔を上げた。
そこへ野望老人、シラーの怒声が舞台外から飛んできた。
「アン!ビス!銀狼相手でなければまともに戦えるであろう!!さっさと棍を拾わんか!!
もう後はないぞ!全力で恥辱をそそげ!!」
アンとビスはお互いに見合っていたが、何かを決意したように同時にうなずき、シャンにわざとらしさの無い最敬礼をする。
ビスが喉を鳴らし、覚悟して口を開く。
「では姫君。失礼して、お仲間へ槍をつけさせていただきます!
我等も戦士!それなりの誇りがございますゆえ!」
笑っていたシャンは片眉を上げて
「ん?そうか。まぁ好きにしろ。
だが、私が言うのも変だが、あのカミラーとドラクロワの姉が相手となると一筋縄ではいかんぞ。始めから全力でぶつかることを推奨しておく」
そう助言すると、再び腰を折る狼犬のライカンスロープ達に背を向け、ドラクローズの憮然としたな顔を指差し、「ホンット似てんねー!!ブハハハハハハー!!あー腹痛い!ア、アンタアタシを殺す気ぃー!?ブハハハハハハー!」と、まだ笑い転げているマリーナの肩をつついて立たせ、一緒に階段を降りていった。
待ち構えていたようにそれにユリアがタックルするように飛びついた。
それと入れ代わりに、司会進行のゴイス=ボインスキーが伝説の巨乳様へ一礼し、部下と共に、多種多様な木製の武器を両手一杯に抱えて階段を昇り、光沢のある布を石舞台に広げさせ、立ち尽くすカミラーとドラクローズの足元に飽くまで恭しく、様々な武器類を並べた。
そして、その上に両手を広げ
「いやはや。どうぞ、お好きな物をお取り下さいませ!」
カミラーは屈み込み、汚いものでも摘まむように片手用木剣の切っ先を持ち上げ、カランと戻した。
ドラクローズは、鉄仮面のような美しい無表情で
「武器など結構ですわ」
幼女にしか見えないバンパイアもウムウムと恭順の首肯。
ボインスキーは一瞬、意味が分からず
「はっ!?今なんと?」
ドラクローズはどこから出したか、黒い羽根の付いた折り畳み式の香り扇を広げて、それでフワリと顔を扇ぎ、さも面白くもなさそうに
「二度言う必要はなくってよ。それより早く始めて下さらない?」
ボインスキーは首を捻ってドラクロワの姉と称する女を見上げたが、その美貌は明後日の方向を見ていた。
(いやはや、あぁー。これは何を言っても駄目なタイプだな。いやはや、よく分からんが何か怖いし……ここは好きにやらせてみるか)
「いやはや。ホントにいやいや。では、武器はここに置いておきますので、ご自分の必要に応じてお好きな物をお手になされませ。
いやはや!それでは勇者様方に選手変更はあられたが、第七十回、神前組手大会優勝者特別栄誉試合を再開する!!」
ボインスキーが真横に右手を振ると、鱗構造の銅の手甲が、シャラン!と鳴り、吹奏楽団の高らかな和音が鳴り響いた。
観客等は揃って置いていかれたように、黒いレザーアーマーの美貌と幼女を呆然と見ていたが、アンとビスの顔を見て熱狂を取り戻した。
観客等を奮い起たせたものは、大会の英雄アンとビスのいきなりの必勝の型、獣人深化であった。
二人の女戦士は頭を垂れて
「では、参ります!!」
やはり、宣戦の布告も二人同時だった。
ドラクローズは暗黒色のレザーパンツですっくと飄然と立ち、レザーアーマーの腕を組んだまま、さもどうでも良さそうに眼前のアンへ
「よろしくってよ、アカさん」
失礼にも相手の名を間違え、香り扇をはためかせ、丸で貴婦人のように取り澄まして言った。
双子はお株を奪われた気がしたが、そこは卓越した熟練の戦士。
全くペースを乱されることなく、先のシャンの助言に忠実に、嵐の夜の風車のごとく槍を激回転させ、倒れるような前傾姿勢で、それぞれがカミラーとドラクローズへと襲いかかった。
邪神兵達を圧倒した、得意のすり抜けてからの信じられない速度での急旋回の連続攻撃を繰り出すつもりだ。
疾風のごとくそれぞれの標的をすれ違い、先ずはその背を樫の堅い棍の先で打ち据えようとした。
二名の狼犬のライカンスロープの美しいメイド服は、そこでガクッとバランスを崩し、驚殺させられた。
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