31話 長過ぎた前振り

 都の学校出の自警団長は、アッと驚き。

 「いやはわわわ……」と喘ぐように息を荒げ、ただただその場で戦慄していた。


 「いやはや!あ、あれは……も、もしや?伝説のウ、ウルフマンでは!?」



 シャンのクセのない頭髪をかき分け、天へとそそり立つのは、大きな銀の耳二つ。

 そのマスクの上の顔は銀毛で覆われ、アンとビスより更に数段神々しく、近寄り難い、それこそ威光が射すような美々しさがあった。


 観客等の内、知識のある者はウルフマンと聞くや混乱し、頭を抱えて驚愕の叫びを上げた。

 

 テントの下の老領主シラーも石舞台を茫然と見詰め、言葉を無くしていた。



 舞台に手を掛けたユリアは忘我の境地で

 「シャ、シャ、シャンさん!?あ、貴女は伝説のウルフマンだったのですか!?

 ででででも!ウルフマンは古代バンパイアとの戦いの末に、と、遠い昔に滅んだ筈では!?

 それにしても、はぁ……。な、なんて素敵な銀毛でしょう!」

 もう堪らないとばかりに、小さな両手を舞台中央へと伸ばす。


 確かにシャンの身体は頭髪を含め、その全てが銀一色へと変じていた。


 シャンはうっとりするユリアを見下ろし

 「ユリア。今までの旅で騙すつもりはなかったんだ。

 ただ、一族の長老が可能な限り、ウルフマンは滅んだままにしておき、その存在を秘しておいた方が何かと都合がよい、とうるさかったものでな……悪いとは思ったが、お前達と居るときは銀の秘薬を飲んで抑えていたんだ。

 さて、アン、ビス。こうなれば見せてくれるのだろうな?得意の獣人深化をな」

 前へ突き出た深紫のマスクが波打った。


 アンとビスは氷結したように立ち尽くしていたが。

 突如、四本の膝を折った。


 石の床にひれ伏す白と黒の双子。


 先ずは姉のビスが畏れかしこみながら

 「こ、これは!全身の血が逆流するように私へ告げまする!

 あ、貴女様は間違いなく狼属!し、しかも王家の銀狼の血族のお方とお見受け致します!

 先祖代々の伝承の通り、必ずや滅びを逃れご存命にあると信じておりました!

 一族を代表して御前に伏せることを至上の光栄と存じます。

 妹共々、何卒我等の度重なる数々の無礼と非礼をお許し下さい!!」

 その声と折り畳んだ痩身はおこりのように震えていた。


 隣のアンも命乞いのごとく、プラチナ色の頭を冷たい石舞台に打ち付けた。



 マリーナは困惑し切って

 「えっ?ウ、ウルフマン?アンタ、シャンなのかい!?」

 シャンを指差し、意味不明のコメントを洩らした。



 気高きワーウルフは頭髪を銀のたてがみのようになびかせ、いつもの腕組で

 「ああ。マリーナ、悪いが説明は後でする。

 今は試合が先だ。アン、ビス、立って武器を取れ」


 双子の狼犬のライカンスロープはそう言う本家の顔を見れず、地に平伏したままだった。

 その妹がプラチナカラーのボブ頭を左右に振るい

「な、何を仰います!!闘うなどとんでもございません!!

 この場は何卒、どうかご神祖様側の不戦勝とさせて下さいませ!!」


 シャンはそれを聞いて困り果て、タメ息でマスクを震わせた。


 「アンもビスも、そんなに畏まらなくていい。

 困ったな。どうしても戦えんか?それが私の命令としてもか?」

 命令という伝家の宝刀を抜いた。


 だが、二人のメイド服は同時に

 「はい!」

 と、背中で即答。キッパリと拒否した。



 観客等は突然の成り行きに当惑していたが、徐々に不満の声を漏らし始めた。


 「た、確かにウルフマンはスゲーけどなぁ……」


 「おーい!何だか知らんが、俺達は遥々ウルフマンを観に来たんじゃねーぞ!!」


 「そうだそうだ!アン!戦えよ!」


 「ビスさーん!負けないでー!!」

 口々に試合の再開を求め出した。


 司会進行のボインスキーはオロオロと狼狽し、グリーンの運営側テント、大理石の座の領主へ助けを求めるように振り向いた。


 領主シラーは渋面で、舞台の小刻みに震える二つの純白のフリルブルマを指差し

 「アン!ビス!立たんか!立ってワシに勝利を見せろ!!何が不戦勝だ!寝言は寝てから言わぬかー!!

 えーいこの獣風情がぁ……。お前達、拾ってやったこのワシへの恩を忘れたか!?」

 野望に燃える老人は、想定外の展開に激昂し、口から泡を飛ばした。



 間に挟まれた自警団長は

 「いやはや!いやはや!」と、シラーと動かぬ双子を交互に見るばかりであった。


 雇い主であり、父親のごとき領主からの指示であろうとも、同じ目線に立つことをキッパリと拒否させるとは、なんと恐るべき血の絶対的服従力、境界力であろうか。


 観客等はいよいよ不満を露にし、誰からともなく「たーたかえ!」のコールが始まった。

 

 それが拳の突き上げを伴い、耳を覆いたくなるような大音響の合唱となるのに余り時間は掛からなかった。


 屈み込んだアンとビスからは、少し前までの取り澄ました、気どり屋の不敵な大会覇者という面影は霧のごとく消失していた。



 マリーナはうるさそうにブロンドを掻きながらシャンの顔を窺うが、銀狼姫は肩をすくめるだけだった。


 ユリアは荒波のような群衆の方を振り向いて、声の限りに叫んでいた。


 「皆さーん!!アンさんとビスさんを責めないで下さーい!!狼犬と銀狼は戦えませーん!!

 狼犬の血族は生まれながらに、血の中に上位種である純粋な狼には決して抗えない絶対的な畏れがあるんですー!!

 これは、私達が大好きな両親や、七大女神様を殺せと言われるようなものなんですーー!!

 皆さーん!!聞いてますかー!?」


 猛然と怒号を放つ数万人相手に、たった一人の少女の喚く声など届く訳もなかった。



 「パッ!パパァーーッ!!」


 そこへ突然、耳をつんざくような高音が鳴り響く。

 それはラッパ隊のけたたましい一吹きであった。

 

 群衆等は何事か?と、潮が退くように、声を叫びからどよめきへ落としつつ、一斉に吹奏楽団の方を向いた。


 見ればボインスキーの立つ、舞台への五段の階段を、ピンクの盛り髪の同色のロリータファッションの幼女、そして暗黒色のローブ、そのフードを顔の半ばまで被った人物が登って来るではないか。


 正しく抜けるような白い肌、真紅の瞳の美しい幼女がボインスキーの脇を抜け、コルセットの腰に小さな手をやり、その風貌に似つかわしくない、堂々とした佇まいで屹立したかと思うと、唐突に喚いた。


 「皆、よく聞け!!学の無き者は知らんじゃろうが、狼犬の娘等が、その貧相な銀狼のライカンスロープに頭が上がらんのは仕方のないことなのじゃ!!

 じゃが、そうはゆうてもお前達もこの大会の優勝者と伝説の勇者との戦いを観ねば収まりがつくまい!!

 そこでわらわからの朗報じゃ!

 伝説の勇者はそこの無駄乳と細長い狼だけではない!

 まだわらわと、もうお一方、ドラクロワ様との二人がおる!

 じゃが、惜しいことにドラクロワ様は飽くまでも男(おのこ)にあられる!

 この試合はいうまでもなく女(おなご)だけの戦いと聞く。

 そこで、この街へ偶然に立ち寄られたドラクロワ様の姉君にあらせられる、ドラクローズ様に事情をお伝えすると、何とドラクローズ様はお前達庶民の気持ちを汲まれ、有り難いことにわらわと一組となられ、ドラクロワ様の代わりに戦いたいと申し出て下さったのじゃ!

 これ領主よ!ドラクローズ様は光属性ではあられないものの、正しく勇者の家系!!

 どうじゃ!?それにわらわを足せばアンとビスとやらの相手に不足はなかろう!?」


 幼女は大陸の王、ガーロードから授かったドラクロワの勇者認定の勲章を前に掲げ、その容貌からは信じられないほどの大声で一気に捲し立てた。



 片田舎の老いた領主シラーは、後ほんの少しで暴徒と化しそうだった数万人の観客等を目の当たりにし、その思考は停止し、明らかな恐慌状態に陥っていた。


 精神の衰弱、脆弱の極みにあったそこへ、王家の紋章の輝きと長命バンパイアの能弁さである。


 彼は正しく虚を突かれ

 「あ、はぁ……。で、では、それで……」

 としか言えなかった。


 舞台上で小さな腕組で「よしよし」と満足そうにうなずくカミラー。


 マリーナが怪訝な顔で、謎のローブ姿へズカズカと歩み寄り

 「へっ!?アンタ、ドラクロワの姉ちゃん!?

 はぁ!?そんなのいたのかい!?

 アンタさ、いきなりしゃしゃり出て来て、私が姉ちゃんです、いつもドラクロワがお世話になってまーすって、そらちょっと無理があんじゃねーの?」


 ドラクローズと紹介された謎の人物は、そのフードを後ろへ落とし、緩いローブをくぐるように足元にスルスル、ストンと落とした。


 そこに現れたのは、薄紫の長い髪、パープルの少し濃い目の化粧をした、陶磁器のような艶やかな白い肌のアメジスト色の美しい瞳。

 その華奢な身に暗黒色のレザーアーマーを纏った、正しく血も凍るような美女であった。


 それが見えた観客等は拳を下ろし、怒りも不満も忘れ、その余りの美貌に、とろけたように陶然となり、どよめいた。

 

 シャンは獣人深化のままそれを睨んでいる。

 

 ユリアは呆けた愛らしいソバカス顔を両掌で包み

 「な、なんて綺麗な人……。そ、それにどことなくドラクロワさんに似てるような……」 


 マリーナは自分と同じくらいの高さの美貌を指差し

 「わっ!!スッゴい美人!!

 あれ?アンタよく見りゃさ、ドラクロワと同じ髪と目の色だね!?

 えっ!?じゃ、アンタホントに、ドラクロワの姉ちゃんなのかい!?」


 ミステリアスな超の付く美人は、コクンとうなずき

 「その通りだ、わよ」

 と、きた。

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