27話 勇者

 深紅の部分鎧の美しい女戦士は、館の二階部に差し掛かり、左手に窓の連なる長い下り坂のスロープの通路に渇いた笑いを響かせた。

 そうしながら、なぜここで笑いが起きるのか謎と困惑し、キョトン顔で固まる女魔法賢者の薄い肩をパシッ!と叩く。


 「アハハハハ!怖いかって?アハハハ!

 そーりゃアンタ、口から心臓がコンニチワするくらい怖いに決まってんじゃないのさ!

 ちょっとユリア、アンタ何言ってんだい?」

 

 ユリアが当惑と混乱のないまぜになった顔で

 「え!?こ、怖いんですか!?マリーナさんも、あの……ちゃんと怖いんですか!?」



 先頭のシラーは毛足の長いミントグリーンの絨毯に、ニスの光る木製の車輪を食い込ませながら、女勇者達には見えない、前方に向いた老いた顔を厳しくし、その会話に聞き耳を立てていた。


 シャンも、鼻から首までを覆う深紫の貫頭型のマスクの下で薄く笑って

 「フフフ……ユリアは勇者学を知らないのか?」


 ユリアは歩みを止め、太めの眉をハの字にして

 「ゆうしゃがく!?そ、それは一体何ですか!?

 私、先生からは魔法と神聖魔法、それから歴史の勉強ばかりで、その『ゆうしゃがく』は初耳です。

 シャンさん!ぜ、是非教えて下さい!それは何なのですか!?」

 美少女の旺盛な知識欲に火が着いたようだ。


 マリーナがおやっ?という顔で

 「ユリア、アンタ色々知ってて、スッゴいお勉強出来そうなのに、なんで勇者学だけ知らないんだい?

 へぇー。アンタでも知らない事があんだね。ちょっと意外ぃー。

 あぁ、そんな顔しないでよ、ゴメンゴメン!

 あのさ、勇者学ってのはね、簡単に言えばぁー、えーっと。そ、勇者とはこう生きるべしって心構えみたいなもんさ。

 アンタ、ホントに知らないのかい!?」


 ユリアは、その『知らない』にちょっとだけ不愉快さが増した。


 「え、えぇ……。両親は、私が幼い頃から私を魔法ギルドに寝泊まりさせて、寝るとき以外はずっと魔法の勉強をさせたかったらしく、実質私を育ててくれたのは魔法ギルドの先生でしたが、その先生からはそんな勇者の心構えとか、特別な事は何も……。

 心構え、というなら……強いていえば、えと、戦いは始まる前にその勝敗は決している、とかですかね?

 なんでも先生が言われるには、鍛練と備えをより多く積んだ者が最後に勝利を掴む、とか。私はそう繰り返し教わりました。

 えーと、勇者学とはこういう感じの事ですか?」


 シャンは小刻みに何度もうなずき

 「あぁ。勇者学とはいうが、学問というよりは、どちらかといえばそういう事に類するな。

 私の家では、私が光属性として生まれたことで一族をあげての大騒ぎとなってな。

 それこそ、嫌気がさすほどにしつこく勇者学を叩き込まれたものだ。

 ユリア、試合もあるから端的に言うぞ?

 マリーナの家も同じだろうが、教えを無理に一言にまとめれば『勇者たるもの、より強大な困難と、決して敵わぬ強者に全くの根拠のない自信を持ってぶつかるべし』となるか。

 つまり、砂山を大きくするにはどうするか?だな」


 マリーナが高い鼻の前で、パンッ!と拝むように深紅のグローブの両掌を合わせて打ち鳴らし、それに口づけし

 「わっ!懐かし!!それそれー!砂山の話!!うわー頭ン中に親父の顔が出てきたー!あーヤダヤダ!」

 左目を押さえるようにして、身長の割りに小さな頭を抱えた


 ユリアはここにきて、またもや初めての言葉を聞いた。


 「す、すなやまのはなし!?ですか?」


 シャンはユリアを傷付けない為の配慮か、ひどく静かな口調で

 「ユリア。地面に手早く大きな砂山を作るにはどうする?」

 黒い指ぬきグローブの人差し指で、クルリと床に向けて弧を描く。


 金髪を高く結った長身の分かりやすい美人は、巨大なバストを寄せ抱えるように腕を組み、血色の良い唇をへの字にしての苦い顔。



 魔法賢者は手を口にあて、少し考えて、それを小さな顎にやり

 「え!?砂山?砂の山ですよね?

 んー。やっぱり、沢山の砂を準備してドンドン注ぐ、ですかね?」


 マリーナは沁々と首肯し

 「うんうん!ヤッパリそー考えるよねー。

 アタシも子供ン時それ言って、いきなり親父の鉄槌がここんとこにゴーン!てきたね!

 ユリア、そーじゃないんだよ。答えはね、先ずやんなきゃなんないのは、どんどん山を上から押し潰して、山の裾野を広く大きくすることなんだってさ!

 砂を掛けながら、上から潰して潰して潰していけば勝手にデッカくなるんだってさー。

 それが一番早くて、しかも長い目で見てもスッ転ばないやり方なんだって。

 アタシも小さな頃は、なーに言ってんだか?って思ってたよ。ホントホント」


 ユリアは知識が詰まっただけの愚かな娘ではない。

 直ぐにその説明の真意を悟った。


 「な、なるほど!ただただ高く砂を積むだけではダメなんですね!

 ハッ!

 そ、それでマリーナさんもシャンさんも、絶対的に無謀かつ蟷螂の斧で、端から見ると滑稽で、玉砕覚悟の無茶を承知の向こう見ずな戦いに挑むんですねー!?

 フムフムそっかそっかー!ハイハイ!やっと私の中で謎が氷解しましたー!あースッキリですー!」

 魔法賢者の美少女は、軽く脳震盪を起こしそうなほどガクンガクンとうなずき、蜂蜜色の三つ編みを獲れたての海老のようにピョンピョンと跳ねさせ、腹の底から納得したところで、漸く女戦士と女アサシンの冷たい視線に気付いた。


 「あっ!ご、ごめんなさい!!私ったら!!はわわわわ!!」

 慌てて小さな手で口を押さえ込むが、一度出て行ったものは帰ってこない。


 マリーナは高く結った金髪の後ろ頭をガシガシと掻き、呆れ顔で

 「ま、確かにそーなんだけどさ……。

 フツーさ、これからガンバろーって仲間にソッコまで言うかい!?プッ!」

 最後に吹き出して笑った。


 シャンも自嘲気味に笑いながら

 「フフフ……いつでもユリアは正しい。確かにそうなるな。

 だが、この大きな試練で私達は真の勇者へと一足飛びに近付けるのだから、むしろアンとビスの驚異的な強さは有り難い」


 ユリアは杖に隠れながら

 「えと、す、すみません……」


 二人の挑戦者は気にせず、実に朗らかに笑った。



 老領主は一連のやり取りを聞いて、僅かに女勇者達への敬意を深くしていた。


 「流石は伝説の勇者様方。そのお志しの高さに改めて感服いたしました。

 その金言と貴い教え、しかとアンとビスにも能えて授けます」

 老人の言葉はまんざら世辞でもなかった。



 話しながらの道程は一階に下り坂を終え、いよいよ玄関であった。

 

 外からは、丸で扉がないように、怒号のごとき嵐のような歓声が、慄然とした意識の高い女戦士と女アサシンへ痛いほど届いていた。

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