18話 ライカンだから
女アサシンがトパーズの瞳で目ざとくそれに気付いて、自らの漆黒の頭頂辺りをトンと指して
「それは飾りか?それとも生えているのか?」
褐色のメイド、ビスが慇懃な微笑を止め、取り澄ました顔で
「はい。生まれつきの物ですが、何か?」
フリルカチューシャを取り、ボブヘアーの頭の上、垂直に立った犬のような漆黒の耳をパタパタと動かして見せた。
マリーナもビックリした顔で自分の耳を摘まんで
「えっ!?」
老領主シラーは肘をつき、その骨ばった拳に脆い顎を乗せ
「流石は勇者シャン様。お気付きになられましたか。
確かに、アンとビスには獣人の血が少々入ってございます。
ですがご安心を。選手が獣人であっても神前組手大会のルールには反しておりません。
事実、他の選手達の中にもライカンの者が多数おりましたし、今回の大会にもおります。
大会の運営として、七大女神様は魔の者として魔王に与しないのであれば、例えそれがライカンにあろうとも、全ての生きとし生けるものを寛大に受け入れてくださる慈悲深き方。
その女神様方が、生まれついて獣人というだけで、心も体も強く美しくあろうとする者等を忌避なさるなどあろう筈もない、とこう思うております」
この老人の言う『ライカン』とは、ライカンスロープの略称で、獣人もしくは完全な獣に変身出来る特殊な種族の事を指す。
この星でライカンスロープといえば、まずウルフマンが最強とされ有名だが、残念ながらウルフマンは古代のバンパイアとの戦いに敗れ、遠い昔に絶滅させられたとされている。
また狼だけでなく、他にもこの星にはライオン、トラ、熊、鼠、蛇等、多種多様なライカンスロープがいる。
その中で、このアンとビスは狼犬のライカンスロープであり、非常に稀な種族であった。
ライカンスロープの特徴としては、まず並の人間では辿り着けない、恐るべき身体能力を特に鍛練をすることなく、生まれながらに有している事が挙げられる。
特に絶滅したとされるウルフマンなどは、驚異の戦闘能力を持ち、純銀の刃でその首をはねられない限りは、基本的に不死身であり、それ以外の傷はどんなものであろうとも瞬時に癒してしまうという、バンパイアに比肩するほどの至高の新陳代謝性能を誇っていた。
狼犬はそのウルフマンの劣等種族とはいえ、かなり近い能力を持っているとされ、現時点では最強のライカンスロープといえた。
ユリアが茫然とした顔で、忘我したようにヨロヨロと椅子から立ち上がり、パタ、パタとアンとビスに歩み寄った。
「す、スゴいです……お二人は本当に狼犬のライカンスロープさんなんですね!?
私、狼犬のライカンスロープなんて、本でしか知らなくて……か、感動しましたー!!
ぜ、是非握手して下さいー!!」
怪訝な顔で眉をひそめるビスの艶やかな褐色の手を勝手に取り、握りしめた。
ビスは身を捩ってサッと手を退き
「ユリア様!お止め下さい!今までこの血を気味悪がって嫌忌する方は多くおられましたが、ユリア様のように感動されたのは初にございます!
私は獣人ですよ?狼犬の血が怖くはないのですか!?」
シラーも予想外の魔法賢者の娘の反応にギョッと面食らっていた。
ユリアは聞こえないのか、恍惚の顔で手を伸ばし、更に狼犬のライカンスロープににじりよる。
その姿は、さながら新鮮な肉を求めるゾンビのようだった。
マリーナは高笑いで
「アハハハハ!ダメダメ!ユリアはね、只の魔法使いじゃなくて、ちょっとした学者だからね、アンタ達みたいな珍物件は大の好物なんだよ!
アハハ、見ててごらんよ!次はちょっと裸になってみてもらえませんか!?えっと私も脱ぎますから!ね!?って言い出すからさ」
ユリアはサフラン色のローブの襟首を引っ掴んでいたが、ハッとし
「え!?マリーナさん!?なんで私の考えていることが分かったんですか!?」
マリーナはまた吹き出し、双子のライカンにバチッとウィンクして
「ほらね!?」
アンとビスは両眉を上げ、咄嗟に胸元を手で覆い、後方のミントグリーンの壁紙の壁まで後退した。
「学者!?」
「裸!?」
呆気に取られていたシラーは咳払いをして
「ユリア様。探求心が旺盛な事は素晴らしき事に存じますが、老いさらばえておるとはいえ、ここに男子も一人居りますので、肌を見せ合うのは何卒お控え下さいませ」
ユリアはそれを聞いて、夢から覚めたようにハッと自分を取り戻して
「すすすすすみません!!し、失礼致しましたー!!」
ボッと顔を燃やし、疾風の如く席に駆け戻り、ルビーの杖で顔を隠すようにして、その三つ編みの頭の分け目の頭皮まで紅潮させ、うつむいて小柄な体を更に小さくした。
アンとビスは長い鼻の顔を見合わせ、安堵の息を吐いた。
シャンはドタバタ喜劇を見送って
「うん。狼犬のライカンとはな。初めて見た。実に倒しがいがありそうだな」
現時点で最強のライカンスロープを前に、全くだじろぐことなく戦意を再燃させた。
マリーナも不敵に口角を上げ、高く結ったブロンドを揺らして
「どうせその娘達、優勝候補ってんなら決勝戦まで楽勝で行くんだろ?
アタシ等は相手が何だろうと構わないからさ、サクッとそのーなんだっけ?あー、ロリコン?
うん、そのロリコンの双子とやらせてくんないかな?」
軽薄さも露にシード権を気安く、なぜかドキッと反応した車椅子の老人に頼んだ。
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