19話 黒獅子亭
老領主シラーは茶を喫し、一息つくと
「勇者様方のたってのご希望とあらばこのシラー、その件はなんとか致しましょう。
では間もなく、神前大会本戦の時間でございますので、この者共は闘技場に向かわせます。
勇者様方、もしよろしければ小宅の三階から試合が一望できますので、決勝戦までそちらでご観覧下さりませ」
マリーナは高く結った金髪の後ろ頭を、気まずそうに掻きながら
「ホント悪いねー、何か無理言っちゃってさー。
その代わり!頑張って見応えのある試合にするからね!」
長い親指を立てた。
シャンもツイと僅かに頭を下げ
「領主殿。この恩は忘れない」
ユリアも蜂蜜色の頭を深く下げ
「私自身は出ませんけど、このご恩は決して忘れません!本当にありがとうございます!」
シラーは、胸中の勇者打倒後の燃え盛る野望を抑え込み、神妙な顔つくり、それを横に振り
「いえいえ。何をおっしゃられます。
この星の最後の希望であられます、伝説の勇者様方の御希望にお応え出来できるのは我々にとって光栄の至りにございます。
アン、ビス」
「失礼致します」
アンとビスは同時に慇懃に頭を垂れ、漆黒とプラチナの犬耳を見せた。
だが、その床に向いた、前に突き出た二つの顔はそれぞれが嘲笑い、ハッキリと(笑わせるな)と言っていた。
リンドーの街の酒場は、どこもつい先ほどまでは客で溢れかえっていたが、いよいよ神前組手大会の本戦が始まる時刻が近付くと、流石にその客達も闘技場へと向かい、幾分静かになっていた。
ここ『黒獅子亭』も、客といえば、店主を抱き込んで、禁止されている神前組手大会で賭けをしようとする者達だけが残り、強い酒の香りとパイプ煙草の煙をのぼらせていた。
前掛けで手を拭く店主が、地上階に続く階段を料理人の手の親指で差して
「旦那方。試合、始まりますぜ?」
に手を振って追っ払う馴染みでない者が約二名。
魔王と女バンパイアである。
こじんまりとした酒場の煤けたレンガ壁をバックに、ドラクロワはいつものように、ラッパでも吹くように葡萄酒の瓶を逆さにしていた。
チャポンと瓶を下ろし、薄紫の長い髪が美しい顔に掛かるのを陶磁器のような白い手で掻き分け
「全く、下らん祭だ。七大女神など、いつの時代も朧な存在の者共の為に、街を上げてバカ騒ぎなどしおって。
この星を支配しているのは一体誰だと思っている。
あっ、今のところは微妙に俺ではないか……」
天井にまとわりつく煙を眺めて言った。
隣の席で魔王の美しい横顔にうっとりとしていたカミラーは、ハッと我に返り
「いえ!ご帰還なされば邪神など、あの光属性だけがとりえの一級品のバカ共を突撃させ、止めは魔王様の一撃にて、たちどころにに蹴散らされましょうから、依然としてこの星を掌握しておいでなのは、間違えようもなく魔王様にございます!」
ドラクロワは真摯な顔の美しい幼女のような女バンパイアを一瞥して
「フハハハハ!!そうか?やはりお前もそう思ったか!?
うーむ。今は邪神に城の埃取りでもさせておくとするか!
まぁ、なにより貴いのはこの俺であって、城ではない。あんな物の一つや二つ呉れてやっても構わん!フハハハハ!!」
ドラクロワの弾けるような高笑いに、ガラの悪い男達が一斉に振り向く。
カミラーは真紅の瞳を潤ませ
「その通りにございます!どこが大事なのではなく、至上の存在であられる歴代至高の魔王様であられます、ドラクロワ様がおられることこそが、我等魔族の全てにございます!
ささっ!もう一献!」
恭しく新たな葡萄酒の瓶を捧げた。
魔王は鷹揚にそれを受け取り
「フハハハハ!お前は隙あらば至上、至高と本当のことばかり言いおって、うるさい奴よのぅ!
フハハハハ!正直者と居ると無駄に酒が美味くて困るわー!フハハハハ!」
仰け反りながら、器用に先の尖った紫の親指の爪を瓶の栓に刺し、ポンッと開けた。
ドラクロワは何処でも誉め称えられれば、ただそれだけで有頂天であった。
そこへ、酒場の階段を転がるように駆け降りる、けたたましいブーツの足音が響いた。
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