6話 多分みんな酔っていた

 勇者一行は王都の城下で適当な宿を探そうと思っていたが、街の住民から見付かるや、生ける伝説を一目見たい、とそれらは群衆となって押し寄せ、どこへ行っても騒ぎになる。


 ドラクロワとしてはそれも悪くなかったが、流石に女勇者達がいつまでもそれが続くようでは疲れ、へばってしまう。


 それを見てとった群衆の中の貴賓用の高級宿館を経営している男が気を利かせ、大きな壁に囲まれた宮殿じみた宿へ招いたので、勇者達は有り難くその接待を受けることにした。


 ひとまずそれぞれの砂や汚れを大浴場で洗い流し、貸し切りにされた一階の酒場の個室に集まった。


 そこは酒場というより、貴族の高級サロンといった表現が似つかわしく、広く、美しい調度品とサボテンで品よくまとめられた、どことなく東洋風な空間であった。


 丈からすれば、ゆったりとした造りのはずの真紅のローブ、その胸を大きく膨らませたマリーナがゴクゴクと喉を鳴らし、ダンッ!とエールジョッキを下ろした。

 「ふー!美味い!!ひとっ風呂浴びた後のエールは最高だね!!」


 隣の紫のローブのシャンはマスクを下げ、小さな透明な酒のグラスに口を付け

 「そうだな。確かに美味い」


 ユリアの蜂蜜色の髪は未だ濡れていた。

 「そうですねー。私はリンゴの搾り汁ですけど、美味しいですね!少しだけレモンが入っているのかな?」

 大きな目を寄せてキラキラと輝くグラスを眺めた。


 ドラクロワは禍々しい甲冑のまま、葡萄酒の瓶を逆さにし、豪快にあおっていた。

 自分の城の酒の味と比べ

 「まぁまぁだな」


 新しい瓶を手に取って、紫の爪を瓶の先の栓に引っかけ、ポンと抜き、また逆さまにする。

 脇には5本も空瓶が並んでいた。


 マリーナが口のエールの泡を舐めて

 「しっかしドラクロワ!アンタ酒の方も天下一品だね!!

 ウチの親父も凄かったけど、アンタには敵わないよ!

 ホント、アンタには弱点てモノはないのかい?」


 ドラクロワは面白くもなさそうに飲んでいたが、急に表情を弛め

 「そーか?いやー!俺という男はどこでなにをしても賞賛しか受けぬなー!

 今宵は機嫌がよい!お前達も存分に飲むがよい!フハハハハ!」

 魔族は酒には強く、誉め言葉にはめっぽう弱いようだ。


 ユリアは一番小さなサイズの向日葵のような黄色いローブでも、尚その袖を折っていた。

 「それにしても、ドラクロワさんは魔法と武器なしでも凄い強さでしたねー!!

 あれ何ていう技?というか格闘術ですかー?」

 小柄な体でドラクロワが先ほど見せた構えを真似する。


 マリーナも天井の豪奢なガラス細工の照明を見上げ

 「確かに凄かったね!!抜群の攻撃魔法とその真っ黒い剣がアンタの強さの源かと思ってたんだけど、違ったね!

 アンタ自体が凄かったんだね!」


 ドラクロワは仰け反り

 「よせよせ二人共!酒が美味くなるであろうが!!フハハハハ!」


 シャンもうなずき

 「マリーナ、私はドラクロワの身のこなしには気付いていたぞ。

 アサシンにも一式の体術はあるが、飽くまで暗器を使うことを前提にしたものだ。

 ドラクロワ、あれほどの独創的な技の体系、どこで習った?」


 魔王は瓶を下ろし

 「別に。テキトーに殴っただけだ。技とか何だとか考えてはおらん」

 平然と新しい瓶を手にし、紫の爪を栓に立てた。


 女戦士と女アサシンが同時に

 「てきとー!?」


 ユリアが人差し指を小さな口にあて

 「ドラクロワさんも凄かったですけど、教皇様の回復呪文も素晴らしかったですねー。

 ドラクロワさんがボルドーさんに与えたダメージをみるみる治して、またそれをドラクロワさんが壊して、治して壊して治して壊してって、なんだか不謹慎かもしれませんけど、教皇様も楽しそうでしたねー」

 

 好好爺のホッホ笑いを皆が思い出す。


 シャンは小さな刃のついた指輪を見つめ

 「痛みを消す魔法はないから、あのボルドーとかいう男、教皇の強力な回復呪文により、毎回感度がまっさらな状態に戻され、そこへドラクロワから新鮮な破壊と激痛が加えられと、かなりの災難だったな。

 フフフ……」

 スレンダーな、眉の所で漆黒の髪を切り揃えた美しいアサシンには、ゾッとするほど残酷な台詞がよく似合った。


 赤いローブの金髪美人は料理の肉の塊にフォークを刺して

 「ふん!いいきみだよ!剣の試合で砂を飛ばすヤツなんてさ!」


 ユリアは急に顔を曇らせ

 「でも王様の近衛兵をあんなにやっつけちゃって……。

 教皇様はなぜだか嬉しそうでしたけど、ガーロード様はさぞやお怒りでしょうね……」


 ドラクロワは白い人差し指を、すらりと伸びた鼻筋にあて

 「そんなもの本人に聞いてみればよかろう」

 白い親指を立てて後方を指差す。


 ユリアはクスクスと笑い

 「本人にって、また謁見をお願いするんですかー?」


 マリーナは名士達の並ぶ様を思い出してタメ息。

 「いやいや、あそこは疲れる。アタシはもう金輪際ゴメンだねー」


 その時、個室入り口のアーチの下から

 「その必要はない。ドラクロワよ、よく余と分かったな。」

 がっしりとした外套姿が仮面をとった。


 それは正しく、威厳あるキターク国王、ガーロードその人であった。 


 「たまにここへは杯を傾けに参るのでな。直ぐに店主から余の元に、勇者が来ているとの知らせが入ったのだ。

 それにつけてもドラクロワ、今日はよくやってくれた。

 余もラルフの名誉欲にまみれた厚かましさには些か手を焼いておってな。

 これであれも暫くは静かになるであろう」


 女勇者達は慌てて席を降り、膝を折る。


 ガーロードは右手のひらをかざし

 「女勇者達、伏せぬともよい。今宵はただの酒好きの男としてやって参ったのだ、礼節は酒場に似合わぬ。 

 それより、ドラクロワよ」


 飾り彫刻の入った木製の椅子にふんぞり反った魔王は

 「なんだ?」


 王冠のないガーロードは給仕の者から銀のゴブレットを受け取り、メニューの文字列を指で丸くまとめて差し

 「そなたはこれからどうするつもりだ?」


 魔王は給仕に目の前の空瓶が下げられるのを見ながら

 「ん?特に考えてはおらんが」

 

 「では、この王都の最寄りの脅威、バンパイアの魔戦将軍の退治を頼まれてはくれぬか?」


 「バンパイア?不死の輩か。不死の魔戦将軍といえば一人だけ、確か名はカミラー。

 五千歳の老婆だな」


 金髪と黒髪が

 「不死?五千歳!?」


 ガーロードは銀の杯を口髭から下ろし

 「そうだ。流石は伝説の勇者、そこまで知っておるとは驚きだな。

 我等も敵が不死の軍団と知り、数々の神聖魔法を得意とする神官戦士を、その装備にまでも神聖魔法で属性付与を施し、正しく万全の調整で送ってみたが、誰一人として帰って来んのだ。

 ドラクロワよ、何が悪いと思う?」


 ドラクロワは新しい瓶の口を指で弾き

 「ん?それはズバリ神官戦士だな。

 あの老婆はバンパイアだが、超特異体質で七大女神も真っ青の対光属性を持っておる。

 そこへ勿論、光属性などではないにしても、坊主の戦士を送り込むとは、相性としては最悪もいいとこだな。

 正に火に油を注ぐような悪手、俺なら……」

 魔王はここで慌てて瓶をカキッとくわえた。

 危うく

 「俺は魔王ドラクロワなるぞ!?

 カミラーは幹部でもない、只の平の魔戦将軍だ!俺ならどうとでも出来る!」

 と自慢しそうになったのだ。


 紫のローブはトパーズの瞳を細め

 「ドラクロワはそのバンパイアを知っている者のように話すな」


 「ば、バカな!!俺は伝説の勇者だぞ!?魔族などと面識などあるわけもないだろう!?

 そ、そこは明晰な頭脳と分析力と言え!

 ま、俺なら神官戦士がダメなら、当たり前に不死には神聖魔法が効くはずだ!という常識を捨て、これは何かあるな?と考える。

 うん、俺ならカミラーには炎属性で行くな!」

 適当に言ったが、炎属性とてカミラーにはさして効果的でないのは分かっている。



 王と女勇者達は沈黙。


 ガーロードがそれを破った。


 「ふむ、流石は伝説の勇者!武芸のみならず頭脳まで秀でておるとはな!」


 ユリアも万歳して

 「凄いですー!!普通そうは考えませんよー!?」


 マリーナもトロンとした赤い顔で

 「こりゃあれだ!えーっと、そ!文武両道だね!」


 シャンも大きくうなずき

 「炎属性か……ドラクロワが味方で良かったな」


 魔王は瓶を逆さまにしながら

 (いやー、毎度バカばっかりで助かるなー)


 ガーロードがゴブレットを掲げ

「では比類なき名軍師、ドラクロワよ!

 カミラー討伐をそなたに委ねる!」


 魔王ドラクロワは魔界にいた幼い頃、父親の主催した社交界のパーティで、当時幼児だったカミラーのシッポを引っ張って泣かした事を思い出していたが、名軍師と言われて、つい気分よく


 「任せておけ」

 と答えてしまった。


 


 

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